No.275







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●オギャ〜と産声を発して以来の、最初の食の記憶って何じゃろう…と考えた。思い出せるのは初節句(儂の場合それは生後十ヶ月目)の祝いに食べた母の手作りの寒天菓子だ。もう少し増しな食いものを思い出したかったが、恥ずかしながらそれが一番古い記憶だ。料理の持ちネタが極端に少なかったお袋の口癖が「もっとオバアチャンに習っておけばよかった」だ。そのオバアチャンも同居のはずなのだが、祖母の馳走を儂は何一つ覚えていない。貧しかったし、そもそも何もない時代であった。三〜四歳になれば大抵の記憶は残っている。その頃は越前にいて、毎日旨い魚をふんだんに食えた。三時のおやつに蟹を食い、茶袱台の上に積み上げた蟹の山で、小さな儂は向かいに座る人の顔が見えなかったことを覚えている。隣家のお兄ちゃん(たぶん中学生)はエアガンが得意で、よく小鳥を撃ち落としてくれた。雀を羽根ごと竃に突っ込んで焼き「頭をガリッとやるんだ。脳ミソが舌にタラ〜リと来て旨いゾ」といった。旨いというより唯々不気味だった。食べる処もない小さな体は、足を摘まんで歯で扱いた。テッポーを使えぬ儂には煉瓦仕掛けの罠を教えてくれたけれど、一羽も捕れなかった。酒に浸した米と殻付き南京豆を散蒔き、酔った雀が豆を枕に寝入ったところをそっと拾う…という落語的方法の方がよかったかも知れない。あの頃(たぶん腹をこわしたのだろう)儂だけ毎食、梅干が一つだけの粥ばかり食わされて気が滅入ったのを覚えている。今では好んで梅干と牡蛎の粥をよく喰らう。恍惚の今日此頃、朝食べたものを夜にはもう思い出せなかったりするので、最も古い食の記憶を辿ってみたら、こんな文章になってしまった。

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