「窓際がいいわ」と頼んでおいた席にアミと落ち着いた。光を背景に見渡す広々したダイニングはほどよく人がはいって、黒服に蝶ネクタイのウェイターたちがしずかに歩きまわっている。
「お久しぶりでございます」明るい声とにこやかな顔。
「ほんとに。何年ぶりかしら?」私の声も思わずはずんだ。
「二十年になります」当時の支配人、田中俊彦さんだ。当時のシェフの中山昭治さんもリヴァイヴァルして、この期間シェフをつとめ、後輩たちに伝統の味を教えている。
赤ん坊が成人になるのが二十年。そんな長い間、ホテルオークラのコンティネンタル・ルームが消えていたのだ。ホテルの十一階にあって、愛用したレストラン、特別のときには必ず行くところだ。アミはまだ小娘だったが、うすぐらい部屋の雰囲気とクレープ・シュゼットは忘れられない味だった。そこがあるとき突然、鉄板焼きに変わった。
ホテルの経営上の選択だったのかもしれないが、お客にはショックだ。私は鉄板焼きは好きじゃないが、なぜか日本では鉄板焼きは人気がある。たぶん男性主体の接待には、お箸で食べられ、自分で選ばなくていい、〈おあてがいのセットメニュ・焼き肉〉が気が張らなくていいのだろう。
どうも日本の男性には二通りあるみたいだ。一は「選ぶ」のが苦手、そしてウェイターに質問するのは沽券にかかわるというタイプ。こういう人は外国では「ステーキにビール」と注文する。これなら世界中通じるからね。別のタイプは「ぼく知ってるよ」型。ワインの銘柄やソースの由来をとひけらかしつつ、オーダーする。連れの女はつかれる!
女にも気取りやはいるけど、大方はすなおだ。ウェイターに訊いて納得したものを頼む。外国だってためらわない。知らないことを訊くのは恥でないし、失敗も楽しみのうち。
これは人生の楽しみかたの原則の問題だ。楽しみが大事か、えらそうに見せるのが大事か? 料理は楽しむためのもの。
そのコンティネンタルが、この二月の一か月だけ、オーキッド・ルームで復活メニュでやるという知らせ。オーキッドはホテルのメイン・ダイニングだから、当時のシェフ、支配人にとってはうれしい花道だ。先月ここで書いたように好きな店がクローズする時代に、リヴァイヴァルがあるなんて、イースターが早くきたみたいな浮き浮き気分。
つくづく眺めると、オーキッド・ルームは天井がとても高くて、これほどゆとりのあるダイニングは、滅多にない。あれこれホテルのメイン・ダイニングを思い出しても、スペイシャスという点では、ここがいちばんかも。それもいい気分の元らしい。ついでにいうと、オークラがいいのは、どこもスペースがゆったりしていて、あらゆる場所に生の植物と花があることだ。
最近のホテルは有効利用に熱心で、スペースにゆとりがない、ただでお客が憩える場所がない、廊下の家具や置物は一見豪華な金ぴか安もので、手間のかかる植物は置かない――のが特徴だ。
「バートラム・ホテルの『昔ながら』ってわかるわね!」これはアガサ・クリスティのミステリー。
「あの、『昔とおんなじドーナッツ!』てかぶりつくところ!」アミは言って、さっきウェイトレスの篭からとった「昔どおりに焼きました」というバターロールを口にいれた。 |