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「世界の人々に健康な食を」
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遠大な目標
幸信の塩づくりの目標は、はじめに「いい塩をつくること」、さらに「その塩で世界の人々を健康にすること」である。それは遡ること三十五年、谷克彦はじめ三人の学者とともに塩づくりの実験、研究を始めたときから目指していた目標である。

現在、世界には、当然ながら星の数ほどといってもいい数の塩の商品がある。塩の種類、採取方法、製造方法も地域により多種多様である。

世界の塩といえばその多くが、地表に露出したり、地中に埋蔵された塩を採取し、精製したものである。それらは、岩塩であり、湖が干上がって出来た塩湖から採れる塩である。さらに、世界にはわれわれが想像出来ないほどの広大な塩田がある。世界一とも言われるメキシコの塩田は東京二十三区ほどの広さがあり、ブルトーザーのような巨大な収穫機で収穫されている。それこそ天然ともいえるこの種の塩田は、年間の降雨量が極めて少なく砂漠と海岸が接している地形を利用した塩田で、太陽熱だけで塩を生産している。それらの多くは、幸信が考える塩の本質から外れた、海水の中に含まれている人体に良いミネラル分がバランスよく残されていない、ただ塩と言ってもよいものなのである。例えば、岩塩にはミネラル分は殆ど含まれていない。何故なら、塩が数億年から数万年の間、岩山などに閉じ込められている間に、雨水や地下水などによって塩からミネラル分が溶け出し流されてしまったからである。

現在、海水から塩を採って釜で炊く塩が作られているのは、日本と韓国、中国、台湾の一部などだけである。

世界で塩に含まれているミネラルの働きについての認識を持っている人は極めて少ない、どんな塩でも塩であればいいというのが世界の現状だと考えていい。

いざ、世界へ
今、健康に良く、ダイエットにもいいからというのが理由で、世界中で日本食材、中でも沖縄の食材が注目されている。日本の塩もその一つであると幸信は考えている。

日本の塩について幸信がはじめて世界に向けて発信したのは、二〇〇四年十月イタリア・ピエモンテ州トリノで開催された「スローフード世界大会」である。世界百三十か国、約五千人の食の関係者が参加し、自らの経験や考えを話し合う大会であった。

大会に参加した幸信は、「粟国の塩」を披露しながら、セミナーで「塩と健康」と題して講演し、「ミネラルバランスのよい塩、悪い塩」について話した。参加者たちは幸信の話に関心を示し、多くの質問を受けた。その反響の大きさに、世界中の人々に本物の塩を知ってもらうことが自分の使命であることを改めて確信した。

その翌年の十一月、米国ラスベガスで開催された「国際貿易展示会」にも参加。世界の七百社あまりが参加し、世界中の人々の健康のために商品開発をしようという展示会であった。そこで、幸信は「粟国の塩」と「にがり」を紹介した。ここでも確かな反響を感じることが出来た。

アメリカ滞在中、異常な肥満の多いこと、サプリメントの氾濫、そして日本食のブームなどを目の当りにした幸信は、健康を考えた塩づくりに新たなる意欲を駆り立てられる思いで帰国した。

イタリア「スローフード大会」での幸信

実績が評価された
「よい塩で世界中の人を健康に」、この遠大な目標も一歩一歩であるが確実に進んでいった。
昨年六月、農林水産省は食品輸出の強化策の一環として日本中の食材の中から国家プロジェクトとして「世界が認める輸出有望加工食品 選」の選出を行い、発表した。駐日外国大使館員、貿易会社関係者、メディア関係者など約百五十人により試食と投票によるコンテストが行われ「粟国の塩」は調味料部門で、塩では唯一選出された。

幸信は、長年の実績が評価されたことを素直に喜び、重い責任を感じると同時に、大きな機会を与えられたことに感謝もした。

それは、「世界の人々に健康な食を」という遠大な目標のもとに、共に努力してきた三人の学者はすでにこの世を去り、残された幸信にすべてが懸かっているという重圧もあったからである。

「粟国の塩」が選出されたあと早速、農林水産省がブースを出展する海外のフードトレードショウへの参加の案内が舞い込んできた。その中からアラブ首長国連邦のドバイで開催される「ガルフード2010」(入場者数は約五万五千人)、パリで開催される「SIA2010」(入場者数約六十二万人)、ニューヨークの「IRFS2010」(入場者数一万五千人)、ロサンゼルスの「ナチュラルフーズプロダクト2010」(入場者数約五万五千人)に参加することを決めた。次回は、そのショウへの参加報告をしたい。

(取材・構成/本誌編集部)


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