いつの頃からか、私のうちで夕食のメニュが変わった。ハンバーグやステーキのようなしっかりした肉料理がへって、軽い魚料理や、サラダが主体で、そこにチキンやチーズが加わって「野菜ヤサイしない」サラダ料理が登場したのだ。
たとえば、サラダ・ニソワーズやコブ・サラダ。前者はトマト、ポテト、インゲン、ブラック・オリーヴにツナ、アンチョヴィ、ゆで卵。後者はレタスなどパリパリした葉っぱ系のサラダに、カリカリのベーコン、チキン、アヴォカド、ブルーチーズ、ゆで卵などがのる。野菜をたっぷり食べながら、動物性タンパク質も軽くとる、というサラダだ。
そんなわけでアミと私の朝の会話は「今晩はアサリとトマトのスープに、コブ・サラダでいい?」、「メバルのカルパッチョとベビーリーフ、それと松の実とバジルのパスタ」という具合。
軽い夕食に移行した理由には、年齢もある。親しい女性の医師が言った「四十歳すぎると、二千カロリーなんていらないのよ、からだの動かし方がちがうから」に、あ! と開眼した。
夕食によくつくったミートパイやビーフストロガノフ、チキンブルゴーニュなど、おいしいラク料理の出番が減ったのは、大変化だ。これはたぶん私の家だけじゃなく、よそでも同じで、ニンゲン社会全体の食生活に大きな変化がはじまったのでは?
動物性タンパク質をとるには、植物性タンパク質の八倍の化石燃料を要するというデータがある。ニクのとりすぎは健康によくない、世界の長寿国は野菜や穀類や魚が主だ、というデータもある。食事をもっと野菜に傾けようというのは、むしろ日本より、ニク主体だった欧米に盛りあがってきた潮だ。
そのせいか、野菜そのものも、以前には考えられなかったほど種類がふえた。いま店先でも、名前も知らない〈フシギヤサイ〉に出会うことが多い。
スティック・ブロコリが店頭にでたとき「これ何?」「おいしいですよ、味がちがいます」。さっそく買って帰り、以来、好きになった。カリフラワーの顔をしたブロコリは、もそもそして口当たりがわるいけど、これはシャキッとして、別物みたいにおいしい。
サラダに使う野菜にいたっては、昔はレタスにサラダ菜、クレソン、セロリ程度だったのが、ベビーリーフ、グリーンリーフ、 マスタード・グリーンから、チコリ、アンディヴ、セルヴァチコ、ルッコラ、アルファルファ、タラゴン…と数えきれない。
野菜の進化はめざましい。きっと植物は、魚やトリや牛などとちがって、交配がやりやすいのだろう。ジャガイモだって、昔は男爵とメイクィーンぐらいだが、いまは皮が赤く中が黄色いアンデス、ほっくりした「インカのめざめ」なんていうのもある。名前を覚えるのもたいへんだが、何よりも新しい野菜は、味に個性があっておいしい!
野菜がおいしいから、いまは名前と味を考えて野菜を買う。これまではニク類がそれだった。メキシコ産サーロインステーキ、いわいどりモモ骨抜き、イベリコブタしゃぶしゃぶ肉など、名のちがいは味のちがいだ。野菜はニク以上に、モノべつに味がちがう。産地やオーガニックかどうかでも大違いだ。
私たちが接する食の情報の多様化の影響もある。料理番組はCS放送、BS放送と、空にある衛星の種類によって、たくさんのチャンネルがあり、イタリーの家庭料理から、フランスの三ツ星レストランシェフの料理、シンプル&クイック・クッキングで売ったジェイミー・オリヴァー、よりどりみどりだ。
それらの中身が、ヴァラエティに富んだ野菜たっぷりのレセピを紹介している。料理の本も。これで私たちの食生活が変わらなかったらおかしい。 |