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予期せぬ出来事はミステリーの基本。ロアルド・ダールの短編集「Tales of the Unexpected」「予期せぬ出来事」の妙味は、味でも同じだ。わかってないから、おもしろいのだ。

八月のこと。アミが「あ!」と言って手を伸ばした。「これ、去年おいしいって誰かが言ってたのよ」 冷蔵の棚に目をやると、白いパッケージに紅いトマトの絵。クレヨン画風でちょっとしゃれている。
「おもしろそうじゃない、試してみない?」
これが、冷たいトマトの生ラーメンとの予期せぬ出逢いだった。
「できあい市販品」には、疑いのマナコを向けている私たちだが、イタリア風の軽い雰囲気に気をそそられた。普通こういう品は、セロファン包みにどぎつい文字と写真がプリントされている。あざとくて手にとる気がしない。

それは軽井沢だった。そのパッケージは冷蔵庫にストックされたままクロネコの冷蔵便に入れられ、私たちは東京へ戻った。着いた晩、むー、まだ外は 三十四度! 冷蔵庫にはワインのみ、食料品は軽井沢から持ち帰った品だけだ。
「フリーザーの肉、融かすなんてメンドー」
「あのトマトラーメン、食べてみる?」 
「ビンゴ! トマトはないけど、バジルだけちょっとある! パルミジャーノも!」
にんまりだ。手抜きだし、暑い夜にぴったり。

器はいいのを使わなくちゃ。伊志良光さんの大きいおどんぶり、ナスの染め付けを二つ、氷水を張って冷やす。たっぷりのお湯が煮立ったところへ生ラーメンを落して、四分の指定を三分でとめ、つまりアル・デンテにゆで、冷たい水でじゃーじゃー流す。氷をいれた水でさらに冷やす。
冷やしたおどんぶりにスープの袋を開けると、トマトペースト風の紅いどろっとしたのが流れでた。冷水を加えてのばすのも、指定よりやや少なめに。
トマトのとろりとしたスープにクラッシュドアイスをたっぷり、そこに麺をぽんと盛る。周りは氷の浮いた紅いスープ、白い太めの麺、グリーンのバジル。パルミジャーノを削って上にたっぷり。絵画的だ。
「オイピー!」「当たり!」

翌日から、このイタリアンラーメン探しが始まった。でもなかなか無い。高島屋や西武の食品売り場その他しらべても、ない。結局、なじみのスーパーに頼んで、夏期限定品だから八月末で製造中止というのを、取り寄せで一ダース買い込んだ。
「十二も?」アミが疑いの声。
「だって、こんなにおいしいの、人にも上げたいじゃない」
有名店ばやりのいま、名もないイタリア風トマトの冷たいラーメンの発見は、一パックが二人前で三百円ちょっと、安くておいしい、この夏のヒットだった。うちの野菜好き食生活にぴったり。 キュウリやピーマンを入れたり、無責任ごはんを楽しんだ。

いろんな野菜でサラダラーメン


十年まえには、地方で見つけたおいしい品は、自力で取り寄せるしかなかった。電話したり、ファクスしたり、送料倹約で友達と分け合うとか、手間ひまかかった。祇園のお茶屋、松八重に教わった〈はれま〉のじゃこは、そうやって苦心したものだが、いまは高島屋の味百選で手軽に買える。

つい最近、ここに加わった宇和島の野中かまぼこ店の「じゃこてん」もそう。名店というジャンルでない、地方の隠れた美味がデパートの棚に並ぶのはうれしい。松山空港でも売っていない品だ。
「宇和島に行ったとき、このお店見に行ったわ。大きなテーブルでグチやハランボってお魚をさばいてた。」
茶色っぽくてゴツゴツしたじゃこてんは、田舎風に見えるが、そこが魅力。なかでも野菜入りは抜群だ。

その味百選でこの夏、発見があった。その名は穴子うどん。
「これ、何かしら?」売り場の人に訊くと、  
「おいしいですよ」と太鼓判。大阪の道頓堀の今井という店。穴子のうどん、いかにも上方風で気を惹かれた。試しに買ったら、これも当たり! 
お弁当箱ぐらいの箱に一人前ぴっちり入っていて、八百円。「高いわ、たかがうどんに」という声もあるかもしれない。ノー、ノー。これは完全なセットなのです。
白い紙箱を開けると、うどん、ちゃんとしたサイズの穴子が二本、プラスティクボトルに密封されたお出汁、刻んだ長ネギ、木の芽まで、すべて完備。それらを出汁から順にお鍋に入れてあたためていくだけで、でき上がり! あとはお丼にあけるだけ。洗うのはお鍋ひとつで、りっぱな食事になる。

すぐ飛躍する私は、在宅高齢者のお見舞いにいいな、と思った。相手の顔まで思い浮かべて。
気がつくと、私が東京でおうどんを食べるのは、萬樹からとりよせた手打ちうどん以外ない。
植物の北限、南限みたいに、食べ物では西はうどん、東は蕎麦だ。蒲焼きも変わる。境界線は名古屋。関西では、京都のにしん蕎麦を試す以外、お蕎麦はたべたことがない。
でも、この穴子うどんは、東京人にも大丈夫。

そんなわけで私はこの頃、味発見を、けっこうデパートの食品売り場でやっている。でも「デパチカ」という言葉は使わない。なんて下品なひびき! こういうことには敏感でなくちゃ、言葉に鈍感なひとは、味や暮しにも鈍感ではないかしら?

あるとき、やはり高島屋の地下で、オトコが声高に語りながら何か売っている。縁日のバナナ売りみたいに。かなりの人だかりだ。だれかが「おいしいんですよ、あの人の一味や七味は。え、大阪です」
愛用は京都の「七味家」の品なのに、たちまちよろめいて買ってみた。これがおいしかった。以来「おしゃべり七味屋」とひそかに名づけたそこの品を愛用している。
予期しない出逢いがすてきなのは「私自身の舌と目の味発見」だから。老舗の名やタレントのTV・雑誌に頼らずに――そのunexpectedをやるよろこびだ。


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