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能古島の名物として、夏ミカンがあることは、父が生きていた時のことだったから三十五、六年前から知っていた。父が、庭で取れたと云う甘夏を段ボール箱に詰めて東京に送って呉れたからである。しかし、夏ミカンは東京の我が家にもたわわに実っていた。ただし、誰が捨てたのかは判らぬけれど、実生の苗が芽生え、それがいつの間にか大きくなり、ついには沢山の実をつけるようになっていた。当初は珍しさも手伝って、木に登って実を取り食べてみた。が、大声を出したくなるほどの酸っぱさであった。重曹をかけたり、砂糖をまぶしたりと悪戦苦闘。だが、いつの間にか誰もが見向きもしなくなり、時折酔狂でマーマレードを作る程度であった。

だから、父から送られて来た甘夏に手を出すのは、いささかの抵抗感があり弟や妹は何の興味も持たなかった。しかし、大の柑橘好きの女房殿だけが興味を示し、皮を剥いてはおいしそうに味わっている。そこで、一房だけ剥いてもらって食べたところ、酸っぱくない。むしろ甘ささえ感じるではないか、おまけに極めてジューシーなのである。考えてみたら、不味いものを父が送って来る筈もない。庭で取れ、旨かったからこそ送って呉れたのであろう。爾来、能古のミカンはおいしいぞ、という認識だけは持ち合わせていたものだ。

そこで、一昨年の十月に能古に移住し、終の棲み家を完成させたのだが、庭に関しては遅まきながら今になってようやくそれらしきものになっては来た。残念なことは、父が自慢して送ってくれた甘夏の木は、移植をした為にかなり弱ってしまい、再び実をつける迄には三年はかかるだろう。だったら新しい苗を植えた方が効率はよいのだろうが、木を切る勇気は起こらない。例え実を付けなくとも、庭の片隅に残して置こうと考えた。

Kubota Tamami

能古島というのは、移り住んで初めて判ったのだが、主たる農産物がミカンなのである。もちろん他の作物も植えられてはいるが、その殆どは自家用のようである。ただしミカンだけは、甘夏、日向夏、伊予柑、ポンカン、デコポン、天草、ネーブル、ブラッドオレンジ、温州(うんしゅう)等々。この他にも十を超える種類はあるだろう。たかだか二キロしか離れていない博多側とは、明らかに温度差があるようで、昔から着物一枚暖かいのが能古、と云われて来たようだ。つまり、離島だから海に囲まれている為に、極端には気温が低下しないからだそうである。

我が家には、畑としての土地が八十坪弱あるのだが、一部に十本ばかりの梅の木があり、ミカンを植える余地がない。そんな時、畑のすぐ隣にビワを植えた広い土地があり、そこを借りてくれないかと云う話が持ち上がり、渡りに船とばかりに借り受けた。但し、植えられているのはビワとスモモでミカンというと、晩白柚が二本、後は山モモの大木が数本。今ミカンを植えて五年ばかり待てば、何とかミカンがたべられるだろうと、温州と八朔を植えてみた。他にも数種類は植えてみたいが、何を植えてよいものやら見当がつかないので、慌てずに追々植えることにしようと思う。

そうこうしている間に、晩白柚が見事に実をつけて現在二本の木に五十個はなっているだろう。摘果と云うことを知らなかった為、実をつけるに任せていたが、きちんと手を入れると、かなり大きな実に育つらしい。とは申せ、一個が赤ちゃんの頭ほどの大きさ。食べてみたら本当においしい。いささか剥くのが難だが、白い果肉のものとピンクのものと二つあり、どちらも瑞々しくて最高。果物は、ある程度面倒を見てやると、後は放っておけるので、数年後には果樹園栽培農家に変身し、御中元や歳暮は檀家特産のフルーツを用意することになるのかも知れない。乞う御期待。


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