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好きなホテルだと、行く前から「今日はあれにしよう」と心づもりする。そもそも用事でなく、好んで行くホテルなら、メニュもわかっているから当然だ。食堂もどこが好き、と決まっているから、カフェテリアか、メインダイニングか、和食かなど、ミツバチが巣をめざすようにまっすぐに行き着く。

キャピトル東急なら、オリガミのパーコー麺かジャンボバーガー。迷うほど種類のあったサンドゥィッチ。「ミルクシェークはアイスクリームでつくるから二本のストローでグイッと飲んだの」とアミ。

オークラはカメリアで、昔は子羊のグリル、ゲイムヘン、スモークドサーモン・サンドゥィッチ。最近はメニュが減って頼むのはアメリカン・クラブハウス。サラダバーは変わり映えがせず飽きてしまう。結局、好きなものを繰り返し食べることになる。

コーヒーショップのメニュはお客を惹きつける蜜。 いつも入れて、値段も気楽なレストランだから。ホテルはその大事さにあまり気づいていないみたいだが、メインダイニングはホテルの顔でも、時間とお金をかけて食べるお客はそう多くはなさそうだ。

キャピトル東急が二〇〇六年十一月末に建て替えのためクローズしてほぼ丸四年後の、二〇一〇年十月にオープンした。すぐ行けば混むにきまっているから、うちでは一か月待って、予約のうえオリガミへ、アミとでかけた。

期待と疑心暗鬼のまぜこぜ気分だ。

ホテルが新しくなって、よくなることは稀。まず、建物を超高層にする。有効面積をひろくとりたいのは、採算上やむを得ないのかも? 元のキャピトル東急(それは元々の東京ヒルトンの建物だが)、ホテルオークラと並んで、天井が高く、庭の景色が見える快適な空間を持った〈スペイシャスネス〉(ひろびろした空間)がうれしいホテルだった。別の言葉でいえば「ムダな空間」が生きているホテル。ホテルでは一見ムダなスペースは、人に憩いを与え、ムダではない。

東急キャピトル・タワーという名の二十九階建ての超高層? うーん、これは怪しいぞ?

パーキングは地下四階、これはたいていのオフィスビルのパーキングの常識だからやむをえない。でも、そこから乗ったエレヴェーターが真っ黒! 壁の案内電光板も黒。もっとクロが続きそうだ。

私はこの頃の黒ばやりがキライ。高級感を出したがるマンションもやたら黒を使う。まるで喪服をまとった家じゃない? 黒い色は、ニンゲンをウキウキさせない。サンローランがデザインした女の服は、あざやかなピンク、オレンジ、 黄色、ブルー、グリーンなんかで輝いていた。彼のメゾンに名だけ残って、よそからきたデザイナーがつくる最近の服は、黒やグレイばかりで魅力が失せた。

ホテルだって同じだ。ホテルはヒトを泊まらせる機能だけじゃだめ。気持ちよくさせ、よろこびを与えなくちゃ。最近のホテルは、その根っこのところを忘れてるみたいに思うのだ。

この調子で、オリガミは大丈夫かな? 予約した窓際の席に、型通りにこやかに案内された。歌舞伎の定式幕の色合いのプレイスマットが置かれ、メニュがはこばれた。

「あら、おもしろいのね、タブレットみたい」
iPadのイメージ? 綴じたブック形式だったメニュが、一枚板の上にのってる形。つまりメニュの中身が減って、セットメニュが数点。これって定食屋? アラカルトは「なつかしのメニュ」のパーコー麺、クラブハウス、ジャンボバーガーなど料理は四つだけで、バーガーは三千円、四十ドル! まずパーコー麺を注文し、あたりを見回した。

「前と同じに、池もございます」と予約の際、聞いた。たしかにガラスの外に水面が広がり、人工的にさざなみがつくられ、一方の端から落ちて還流している。でもとても小さく、全体が箱庭風。
「ウェイターがみんな耳にイヤフォン入れてるわね、ボディガードみたい」アミがめざとく見つけた。

パーコー麺がきた。レレ、お薬味が小ぶりになったうえ各自に出していたのが二人にたった一皿。「前は一人前ずつ出したのよ」と、従来どおりに持ってこさせたけれど、こういう合理化はケチくさくてイヤ。デザートはジャーマン・アップルパンケーキ。以前と同じ味で、建物のマイナスを補ってくれた。

やっと今年になって、メニュはブック形式に戻り、料理数も増えた様子。これならまた行かれる。

バーコードの壁でウエルカム?


オリガミは、以前みたいなカフェテリアの位置づけでなく、ダイニングに格上げで、オープンキッチンが消え、黒い背もたれのイス席と黒い個室がいくつか。建築をした隈研吾は黒と直線が好きらしい。これが日本的という観念? オリガミのテーブル上の伝票用のスタンドも黒、柱も黒、カーペットがグレイの濃淡。ロビーの階段も黒。トイレット、フロント、エントランス、和食レストラン、どこも黒い。

春にニューヨークからいとこがくるので「源氏」が前のようならと、見に行った。オリガミから続いている方形の池の真ん中に、ガラス張りの石の通路。そこを渡っていくと和食の別棟だ。ここも黒いカウンターの真っ黒空間。てんぷらはなく懐石とお寿司だが、とても食べる気になれない。

これほど、前と違う顔になったホテルは珍しい。隈研吾は売れっ子らしいが、どうしてこんな暗いホテルをデザインしたのか。食事に興味がない? 禁欲的?東急ホテルの経営者は暗いデザインのホテルが人を惹きつけると思っているの?ホテルのスタッフも黒は憂鬱じゃないかしら?
以前のキャピトル東急、というより、東京ヒルトン時代からの、穏やかな金色の四角い柱のロビーや同じ色調のエレヴェーターが懐かしい。庭の水と緑も月とスッポンのちがいだ。まえは自然なたたずまいの庭、今度はまったくの人工。

ホテルには人間的なあたたかみが必要だ。オークラの日本的なインテリアとスペース、いつも生花や植物をたっぷり配置するぜいたく感。敷かれている絨毯のあたたかみ。都ホテルは庭に藤山時代からの立派な石。早稲田にあるリーガロイヤル東京も、ロビーやフロントが華やかでいい。


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