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フルーツの中で、僕の最も好きなものはスイカだろう。夏の暑い日などには、一般の方々は先ずビールと仰るかも知れない。確かに、汗を掻いた後に飲むビールの爽やかさはたまらない。だが、僕は一口、二口で飽きてしまう。もともとそれ程飲める口ではないので、執着がないのだろう。ビールに代わって僕の渇きを治めてくれるものと云えば、スイカ以外に考えられない。

どうしてスイカなのかは、僕にも判らない。スイカとほぼ同時期に、二十世紀とか幸水や豊水などの水分たっぷりの梨が出回る。確かに、梨はおいしいけれど、いちいち皮を剥かなくてはならないのが面倒だ。もとよりスイカだって、包丁で切ってから食べないといけないのだが、半月形に切ったスイカにかぶりつく開放感がたまらない。下町などを散歩していると、水打ちした路地に縁台を置きそこでスイカを堪能している光景を見かける。
「お兄ちゃん、今日は暑いねぇ〜。一口食べて行きなよ」
なんて声を掛けられたこともあったっけ。それほど、スイカはリーズナブルな果物なのであろう。

そんな訳で、能古島という新天地の畑を耕し、春になって真っ先に植えたのが、スイカであった。苗は、島を渡って博多側の直ぐの所に大きなホームセンターがあり、そこで購入した。苗に限らず、生活用品の殆どは大型のホームセンターが何と三店鋪もあるので、買いものの内容で振り分けて利用している。もっとも、最近はネットに頼っての買いものが多くなった。今年のスイカの苗は、横浜の大手の園芸店からである。普通の暮しだったら家まで荷物が届けられるのだが、島では船着き場に受け取りに行かねばならぬのが少し不便。とは言え、街に買いものに行くことを考えれば何のことはない。

そうそう、スイカの話であった。昨年植えたスイカは、土が新しいこともあり想像以上に茎を伸してくれ、一本の蔓に最低一個は実が付いていたので成長が楽しみであった。スイカというのは、花が咲いて受粉した後五十五日から五十八日頃が食べ時の目安だとか。

Kubota Tamami


そこで、植物繊維を編み込んだ、座ぶとんのようなものを購入し敷き、蝶よ花よと大事に育てていた。そろそろ収穫の時期が到来したので、いつもより少し早起きをして畑に出てみると、あろうことか二球のスイカが畑の脇に転がっており見事に中身だけ消えている。周りには、二つに分かれた動物の足跡がハッキリと残っている。イノシシの仕業に他ならない。何と云うことであろうか、イノシシも食べごろを見計らっていたのである。早速、イノシシ除けのネットを張り、残った二番なりの小さい球を保護。と、またまた五十五日目辺りに、今度はカラスがやって来てスイカに穴を穿ち中身を食い荒らしていたのである。

そんな訳で、昨年は約三か月かけて育てたスイカは全滅。一口も食べることは叶わなかった。そこで今年は、イノシシ除けのフェンスを畑全域に網羅し、カラス除けのネットもしっかりと準備をしている。これで駄目だったら、当分自家製のスイカは断念せねばならぬだろう。改めて、スイカ農家の大変さを思い知るのである。

兎にも角にもスイカが大好物で、かなり昔の話になるがボリビアの首都ラパスで重い高山病に罹って死に損なったことがある。熱は四十度を超え、関節は全て痛むし呼吸困難で酸素吸入を施された。この時、無性にスイカが食べたくなり、カリフォルニアから取り寄せて貰った。何とかその時は、高山病を克服。が、キリマンジャロの頂上でもアコンカグァの中腹でも酷い高山病が再発。キリマンジャロでは、昇る満月がスイカに見える程朦朧としていた。何でスイカが欲しくなるのだろう。



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