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「やっとホッとしたー!」アミが叫んだ。「ちゃんとしたおいしいお料理、三か月ぶりじゃない?」
「なんたって〈ガルガ〉のエリオ・コッツァのお料理本のおかげよ」と私。
バースデイのギフトに、友達、幾代昌子さんがくれたのだ。彼女は企画会社の社長。フィレンツェでエリオと親しくなった。
「エリオって、カンタンでおいしくてフレンチとまったく違ってて、味も抜群!」私たちは感激だ。

うちでは、ロブションやリーガロイヤルのフレンチクッキングがメインだったのが、いまカジュアルな「エリオちゃん大好き」にシフトした。
しかも東京もまだ、核の脅威から自由になっていない。やっと手に入れた精度の高いガイガーカウンターで計ると、東京にもしっかり放射性物質は飛んできている。フクシマの二号機の二重ドアを開けたあとは、それまで0.15だったのが、0.26になったから暑くてもエアコンなしでがまん! 友達も「ホントは自然の風が好きなのに、原発考えると窓、開けたくない。暑いから扇風機回すんだけど『結局私、東電に払ってるのよね?』ってアタマにきちゃう」。
そんななかで、エリオのありがたさは、ほとんどのお料理が、左ページに写真、右ページに作り方。たいてい、一ページに二つの料理、シンプルなのだ。フランス料理みたいに、お鍋を幾つも使わない、たいていフライパン一つですむ! 

うちの大気に入りは「タリエリーニ・イル・マニフィコ」。オレンジとレモンの皮を擦りおろして香りをつけたクリームソースの幅広のパスタだ。コニャック、ミントの葉少し、パルミジャーノも入れる。最後に上からトレヴィスを刻んで散らす。「イル・マニフィコ」はロレンツォ・メディチの尊称、それほど抜群のパスタの意味だ。
エリオが仔牛やチキンを、アスパラガスやアヴォカドとあわせて使うのも気に入った。この組みあわせは、他にはなかなかないから。もちろんクリームがはいる。そして面白いのが、彼のレセピは一人前が基本で、クリームは一人100cc 。二人ならワンカップ、日本人の感覚になかった量の使いかた。 

うちでおいしい料理をつくれれば最高だ。〈グルメ探偵〉のネロ・ウルフは、本、TV映画共に大好きだが、彼は「家で名コック、フリッツの料理を食べる」主義の出不精。わかるなあ、この気持ち。私も「ボッタルガのスパゲッティ」、この本でつくってうちで食べよう。なぜって銀座三越の彼の店ガルガは、夜しかアラカルトをオーダーできない。

「イル・マニフィコ」で晴ればれ!


3.11からこっちは、夢の間の出来事みたいだ。たった百日の間に、フクシマから二百キロ以上離れている東京の暮しも、ぐっと変わった感じがする。

思い返すと、一九七九年三月に起きたペンシルヴァニア州のスリーマイルアイランドは、レベル の事故、じき治まって、私は六月に関西TVの取材で現地に行った。同じレベル でも、二十五年まえ、一九八六年のチェルノブイリは、四号炉一つの事故。フクシマは一号炉から四号炉まで四つもの事故。比較にならないひどさだ。放射性物質は北米や欧州にも届いている。
「明日、何が起きるかわからない今」という感覚を、だれもが抱いている。それが「暮しを変える」さざ波になって、私たちを揺さぶっている。

millennium――千年紀は十年まえ。そして二〇一一年に起きた、人類にとって「第二の火」ともいわれた原子力発電所の大事故。安全の裏付けのない技術を過信した過ちを、私たちはつきつけられたのだ。

私は、ハッと気づいた。ちょうど百年まえの一九一〇年に起きたタイタニック号の遭難だ。タイタニックは、二十世紀の技術革新のシンボルだった。タイタニック号は沈まない、「技術は自然に勝った」と人々は信じた。そしてタイタニックは安全措置を怠った。救命ボートは、乗客数の半分しかなく、氷山接近を知らせる無線は、乗客への電報優先で無視された。東電フクシマの事故は、ちょうど、その百年後に起きた。

地震国日本は、世界三番目に多い五十五の原発を都市周辺に抱え、フクシマでわかったように、電力会社と政府は、非常時への備えがほとんどゼロ。しかも原発の怖さは、稼働を停止しても、原子炉は水で冷やし続けないと暴走し、フクシマ同様にメルトダウンするという怖い現実がある。
「今日の食事を健康に食べられても、明日の食事が無事とは限らない」のが現実だ。気候変動で、異常な渇水(フランスは原子炉を冷やす水が不足する危険があるという)や、異常気象(竜巻やハリケーンでアメリカの穀倉地帯がやられる)で、農作物と水の奪い合いが国際的に起きる可能性だってある。

二十一世紀はライフスタイルを変える世紀になる?キラキラした宝飾品なんか、いらない。何よりも人間や動物が安心して暮らせる地球、放射能で汚染されてない土壌と水、安全な食料だ。
あるTVで驚いたのは「ほうれん草についたセシウムは洗い流せるから、水道水でじゃぶじゃぶ洗えば食べられます」とアナウンサー。でもどのぐらいの量が付着していて、どのぐらい減ったかの明示はない!なぜ「ほんとに安全? 東電役員や菅総理は食べてるの?」と言わないの? 内部被爆の危険、そして放射性物質はセシウム以外いっぱいあるのだ。 

外国はもっとシヴィアで、ドイツなど ・ の直後から、ほうれん草その他野菜の放射線量の数値と、子供への限度をインターネットで示していた。
私たちは求めたい。政府、原発企業、メディアは、常に隠さずに情報を即時公開すること。これは民主主義の基本、市民を守る基本だ。日本政府の秘匿ぶりはソ連並み? 世界を驚かせている!
みなが自衛策を考えて実行しているのが愉快だ。「エアコンは外気入れるし、小型扇風機じゃ足りない。 Wのタワー型扇風機でやっとほっと」と言ったら「東電に儲けさせたくないから、うちも扇風機だけ」という人、「うちはダイソンにした」とぞろぞろ。


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