No.295







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●貝割菜=蛤の開分に似ているの意=字名を鶯菜という。前号に茗荷のバカ食いを書いたが、それは勝手に自生するもののみを食す季節限定の話だけど、今回の貝割食いは完全な工場生産品故に端から季節感なしの、通年バカ食い生活となる。あらゆる刺身類のケンの一つとしてどさりと皿に飾り、ヨーグルトを使った儂流のかぶら鮨や梅肉を効かせた儂流棒々鶏にもこれを大量投入し、その他あらゆる煮もの・焼もの・和えものの皿や鉢にも乱暴にどさどさと載せる。“あしらう”と呼ぶには度を越した“貝割バカ”なのだ。幼苗のくせに妙に苦辛い奴…その味覚が己れの人生と重なって、なんともいえぬ自虐的な気分になったりする。昔、鮨屋のオアニイに教わったのが、一抓みの貝割を四分割した焼海苔でくるくると巻いて食べる方法だった。それがこの食材を意識する始まりだったかも知れない。その後山行にも(菜類が凍らぬ季節には)苔と貝割をよく持参した。厳冬期でも行きの車中で摘まむ分には差し支えなかった。ずっと後に酒の菜を自ら弄ぶようになって、貝割食いはだんだんエスカレートしたのだ。買い置きが利かぬから足繁く店に通う儂を、店の人もきっと“怪しい奴”と睨んでいるに違いない。先日、居酒屋料理の写真本をパラリパラリと捲っていたら、「貝割はかつて淤能碁呂島(おのごろじま)でごーろんごーろんしていた作家さんが発明したもの」という一行のコメントが目に付いた。「ヘッ、そうだったの」とびっくり。その作家さんの御子息も、今やはり淤能碁呂島でごーろんごーろんしているらしい。念のために古い本を繙いた。「十七世紀末にはすでに大阪・堺辺りで盛んに栽培し食していた」とあるから、先の記事は何かの間違いかも知れない。

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