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「あ、つながった!」アミが叫んだ。さっきからある番号をプッシュしていたのだ。「エミさん? 大丈夫、そちらは?」
私は聞き耳をたてた。向こうの声が聞こえる。
「うちはダイジョブだったのよ! でも叔母のところがやられて、いま手伝いにきてるの」
巨大ノロノロ台風一二号が九月、紀伊半島に大量の豪雨を注いで方々に山崩れや洪水を起こした翌日。

「よかったわね!」エミさんはスタイリスト、私が『サライ』に連載を数年間していたとき以来の食べ好きの友達。彼女が夫と共に三重県の町に越して、もう五年以上だ。「泳いだり、畑をしたりの毎日よ!」と豪快に笑って、年に一度、自宅の畑や果樹の作物を送ってくれる。そのゆたかな田舎の暮しが台風でやられるなんて。

私たちは被害の後片付けのエミさんに、大急ぎでスイスの気に入りキャンディ、リコラをハーブ、ラズベリーなど三種類、送った。「私の大好きなブランド! 近所声をかけあって笑って作業しながら食べてハッピーです」とお礼のはがきがきた。

せめて、あっちに原発がなくてよかった! また別の原発が、しかも日本の真ん中でやられたら、この国はおしまいだ! そう、フクシマ・ダイイチは事故から半年たってもまだ毒を吐き出し続けている。新聞TVからはその後の経過がほとんど報道されないから、私たちは放射性物資を浴びているかもしれず、汚染された空気と海水のなかの野菜や肉、魚を食べて内部被曝しているかもしれない! 被災地で暮す人々、ことに子供たちの健康は安全なのか? 良心的な少数の学者以外は沈黙を守っていて安心できない。地震に加えて台風の被害、東京もひと事じゃない。

戦争でどこからも襲われたことのないアメリカも、9.11の十年目を迎え、ワシントンやNYCはテロの脅威のほか、これまでなかったハリケーンや地震(八月末、震度五に見舞われた)に遭って、非常時に備える国になった。原発は東海岸に多いのだ。
日本では核と地震の恐怖でおちつかない。「いつ、なにが起きるかわからない」――が平和なはずの日本で、私たちのアタマを常に占めている。うかうか暮してはいられない。

熱湯注げばサラダになるクスクス、ラムとポテトは手で食べられる


食料と水の備蓄は、もちろん〈MUST ITEMS〉。 でもスペースには限りがある。水のボトルは場所をとるし、今年の新米が心配で去年のお米を使うなら、いつまで保つかの問題もある。気になるのが非常時に摂りにくい野菜。イタリーの水煮のインゲンやトマト、お湯をかけるだけでサラダになるクスクスを常備してるけど。

でもこれも東京人の心配で、関西はのんびりしたものだ。倉敷の友達は「え? 何が心配なの?」と東京の緊張感は火星の話みたいに通じない。考えたら、倉敷や岡山は瀬戸内のまち、気候温暖で外海に面していないから、自然災害から守られている。

原発の真実や、市民の知恵を知るにはインターネットをこまめに見るのがいい。人々のユニークなアイディアが、秋に落ちるドングリみたいにゴロゴロしている。生きのびる知恵の宝の山だ。
あっと感心したのは「大小のビニール袋を用意した」被災地の主婦。いつも湯船の残り湯を利用していたけれど、大地震でほとんどこぼれ出てしまった。水がだめだとトイレが使えない。彼女の知恵は「新聞紙を敷いたビニール袋をトイレにし、それをさらに大きなビニール袋に溜めた」。寒い季節だったので、これでなんとか凌いだという。この女性はいま大小の厚手の袋を買い足したといい、うちでもさっそく見習った。

アメリカの知恵には、バスタブに入れて水を溜めておく巨大なヴィニール袋がある! 「これ、すごいわ!」見つけたアミが叫び、私も「絶対ね! バスタブに水溜めたって、少しずつ洩れて出ちゃう。そんな巨大なら、クジラに水を溜めるみたいで心づよいわ」オーダーしたが、まだ来ていない。

インターネットで見ると、都内から十時間、歩いて帰宅した人は、ケイタイの電池がなくなり、クレジットカードも使えない、自転車を買えれば五時間で帰宅できたのに。いま彼は現金を数万円、ケイタイの交換電池と外部電池を持ち歩く。

阪神大震災に遭った人は、これまでの三日分の食料と水程度じゃダメと、寝袋、テントを買い、携帯をスマホにしフェイスブックに登録。お金があればキャンピングカーが欲しいと書いている。なるほど! これなら家がどうなっても雨露しのげるし、家族同様の犬や猫も安心だ。

いちばん効果的な知恵は偶然見つけた〈Youtube〉。神戸の震災に遭った坂本廣子さんの「サバイバル・クッキング」、災害時に健康的に食べるため。彼女は経験から、公的な助けを当てにするな! 自助努力せよと力説。もしあなたが家に留まって暮すなら、 これは必見のサヴァイヴァル法だ。なぜなら公的援助は避難所だけだったという! 初めて知った。

食料が彼女の元に届いたのは、七日目。乾いたおにぎり七個とお茶の缶一本だけ、七人の家に。地震でも家が大丈夫なら、自宅に留まるのがベストなのに、ヘンな話し。空き家への泥棒やコンパニオンの動物の安全が大事だ。自宅派は、自分で自分を助ける、近所同士助けあう、それしかない、と彼女は言い切る。自助努力こそ生き残る方法だ。

食べ物で役立ったのは根菜など常温で保存がきくもの。大判の海苔は一日に一枚、ミネラル補給に。ひじき、切り干し大根、寒天など乾物は、生野菜がなくてもサラダになる。

病院に行くことは災害時にできない。手を保護すること! 水を大事に使うこと! それには、プラスティック袋の活用と、水を捨てず、繰り返し使う工夫だ。まな板は使わない(洗う水がない)、手を汚さないよう、プラスティック袋に手を入れて作業する、包丁は使わず、怪我しにくいハサミで切るなど。これは料理をする人でないとわからない貴重な知恵だ!

台風一五号が近づく前日これに学んで、停電でも困らないよう、私たちは翌日の夕食をつくった。

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