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晴れた日に突然のアラレ! ビックリ仰天の突発時のこと。英語でも〈Out of the blue〉という。それが起きた、九月二十七日。ナショナル麻布に「十月三十一日に閉店。店のビル建替えのため」というノーティス。

いつものように食料品を買いに行って見たときの驚き。「えー? 困るわ! うちのライフラインなのに」思わず店の人に駆け寄ると、「ぼくたちも困ってるんです。突然なんでお客さまに説明できないんです。ショックです!」口々にいう。表情が暗い。
「どうなるの? 輸入ビーフや冷凍のUSAタン、リーク、ここがないとお料理できない!」と私。

永年使ってきて、永遠にあると思っていた店が、建て替えとはいえ、突然閉めるとは。考えたらナショナル麻布が一九六〇年代にオープンして以来、私はここを使ってきた。青山の紀ノ国屋が日本のスーパーマーケットのはしり(一九五三年オープン)だが、私の愛用はナショナルだ。なぜならナショナルは、単に食料品を買うだけの場所でなく、私をハッピーにしてくれるから。
マーケティングの第一人者、フィリップ・コトラーは言う。「(企業は)もはや顧客を満足させるだけでは十分ではない。顧客を喜ばせる必要がある」
〈"It is no longer enough to satisfy customers. You must delight them." P.Kotler〉

ナショナルの閉店という危機に、私ははっと気づいた。ここは顧客の生活全般、クォリティ・オブ・ライフを支え、喜ばせる店だ、ということに。
都心の港区には、高級スーパーとしては、紀ノ国屋、明治屋、そして肉の日進もある、でも店のコンセプトがちがう。よそは利便性第一、ここは「私のホーム」が第一。
項目でいえば、赤ちゃん、子供、おとなの生活、料理、パーティ、社交、お弁当、社会、バス、洗濯、掃除、非常時といったニーズが、ここですべてまかなえる。雑貨部では、各種のカードや外国の新聞雑誌、本がある。料理道具、化粧品、子供のパーティグッズ、ランチボックス、バケツやダストビン。巨大で安いラッピングペーパー、リボン。

食料品では、ナショナルの特徴は、輸入の素材が豊富にあることだ。牛肉はメキシコやオーストラリアから。チーズは各国のが。冷凍食品も、野菜、果物、肉や家禽や魚介類が多種類あるが、よその店は味付け・調理済みの冷凍食品が主。ここは自分で料理する冷凍品だ。出来てる冷凍はエイミーズのピザやラザーニャ、ハンバーガー・パティぐらいだ。
ベラミーのバターのパイシートは、パイを家で焼くために。つまり生活のコンセプトが「私のライフスタイル」にある人向き。多少手間がかかっても冷凍は素材どまりで、調理は自分でやる。
一方、日本の大方の消費者は「手抜き料理」好き、業者のつくった味で平気。だからよそのスーパーは調理したお惣菜、コロッケ、エビフライ、春巻、調理済み冷凍が山と置いてある。それで悪徳業者の悪い肉にひっかかった事件があったのに!

「非常時」のニーズは、外国各地に暮し帰国した女性が「日本のスーパーって冷凍品は山とあるのに缶詰が少ない。あれじゃ停電や災害時に対応できない。ナショナルはたくさんあってストックできる」

ナショナルのフェイス・ブックに、たちまち外国人が書き込みをしたのも、生活の危機感からだ。ここ無しには、安全、安心、楽しい生活が崩れるからだ。
「This is the second "National" disaster this year!」――は、ナショナル麻布と国家的=ナショナルをかけたジョークでの傑作。第一番目が福島原発事故(しかもあれは「フクシマ・ダイイチ」という名)、二番目がナショナル麻布、というわけだ。輸入品に大幅に頼る暮しの外国人には、ほんとにこれは大災害! に感じられるはず。「ここがなくなったら、日本から出るときだ」と書いた外国人、「ここがいいから近くのマンシ
ョンに引っ越したのに、ショック!」という人も。

みんなが待つ2012年8月の再開!いまは仮店舗でガマン!


ナショナルの一番の財産は「ヒト」。店のスタッフがすばらしい。店の人間は、コトラーのいう「顧客によろこびを与える」基本的要素だ。巨大スーパーマーケットは、私はもともとキライで使わないが、紀ノ国屋や日進と比べても、品揃えの豊富さではもちろん、人材の点でくらべものにならない。よそは責任者が店に出ていない。呼ぶとやっと奥から出てくるのでは、ダメ。

ナショナルでは、青果や肉、乳製品、ワイン、菓子類、すべて担当者が名札をつけて店に出て商品を並べたり、チェックしている。親切で気軽に相談できるし、丁寧に教えてくれる。五年まえにできた鮮魚部も対面販売で、お客の望みどおりにカットする。

お客の身になっていると思うのは、品物すべてに商品名を、日・英表記してあるから、外国人は助かるし、私たちは勉強になる! タイが〈sea bream〉は知っていても、ホウボウが〈bluefin sea robin〉とは!産地を示す日本地図も方々に貼ってある。放射性物質が心配ないま、日本の地名にうとい外国人に適切な配慮。私たちだってフランスの州などわからない。

じきクリスマス、そしてニューイヤーの大勢のパーティ。ナショナルがないとお客もできない。うちのもうひとつのライフラインの、週一回オーガニックの野菜や卵、木次のミルクを届けてくる地球人倶楽部があっても、間に合わない。
そういう心配は、買う側の都合。お店の従業員はもっと深刻にちがいない。建て替えといっても、その間のサラリーはどうなるのか? 臨時雇いの人もいるだろう、その人たちの将来は? 人材は、臨時のひとの中にも多い。乗り捨てのクルマの整理はここの大サーヴィスだが、どうなるか?

ナショナル麻布の親会社は、映画配給の東北新社で、漫画のフェリックスがロゴ。苦心して仮店舗を探しまわったスタッフは、当初「借りるのって、最低二年が保障されないとだめなんです!」とがっくりしていたが、ついに数日まえ、やっと笑顔を見せた。台風の晴れ間のように。「倉庫にしてる部分を、なんとか仮店舗に使う見通しがつきました!」
狭くても、とにかくあることがうれしい。


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