347


十月のある日はアミのバースデイ。銀座のペリニィヨンにお昼を予約。淡いピンクの壁とテーブルクロスに椅子張りの、フェミニンで落ちついた部屋だ。顔なじみに迎えられ「久しぶりね」という声もはずんだ。

引かれた椅子について、渡されたメニュを開く瞬間。この一瞬がいい。家庭なら、自分でつくったお料理だから中身はわかっている。レストランでは「今日は何を食べようか?」がワクワクの元。目をすーっとページの上に滑らせる、オードウヴル、スープ、肉、魚……。アラカルトも、セットメニュも見る。そしてもうひとつ。

「今日のデザートは何があるの?」その問いに、デザート・メニュがくる、デザート・ワゴンが運ばれてくる。そう! レストランのよろこびは、欲しい料理が現れる以外に、デザートも手ひとつ動かさずに、魔法のように出現すること。アラディンの魔法のランプだ。家庭じゃ、こうはいかない。

しかも家庭のデザートは一種類だが、レストランはワゴンにいろいろ。大きなホテルなら、トロリーの上下二段にぎっしり並んでいる!

食事のコースの最後に食べるデザートは、フィニッシュを飾る大事なディッシュ。おしゃれでいえば、最後につけるジュゥエリーを何にするか? あるいは帽子をどれにするか?――に匹敵するもの。

そして、両者はうまくドッキングしなくちゃ。それが食事というアンサンブルを完成する。

「デザートってフシギね」私はアミに言った。
「お食後って言葉があったけど、食事のあとのデザートって、大きなものをカットしてみんなで食べるでしょ。タルトやプディング、ブラマンジェとか」

「そういえば、そうね、みんな同じもの。その前の食事と同じに。もし個々の器にはいっていても、クリーム・ブリュレとか、チョコレートムースみたいに、同じ品の小さな器よね」

「日本じゃ、家庭のおよばれだと、大きな台のシフォンケーキを出すうちもあるけど、お菓子屋の個々のケーキを、エクレアやシュウ、モンブランていう風に出すことが多いみたいね」これは私にとって、謎解きへのチャレンジになった。

私が作って娘がウハウハ、NYC3つ星レストランの味



まずアメリカの料理本のバイブル、〈Joy of Cooking〉を見た。やっぱり! お客は同じ料理を出され、デザートも料理と同じに、同じものが出る。

違いはティ・パーティ。ティでは、こぎれいな個々のケーキやプティ・フールが、大きなケーキやパイと一緒にテーブルに並ぶ。フォーマルなティでは、長いテーブルの両端に紅茶やコーヒーを注ぐ係に選ばれたレディが座る。これは名誉な役。招かれた女性たちは帽子をかぶる習慣だ。猫の探偵で有名なリリアン・J・ブラウンの小説にもこういうティ・パーティが登場する。 いまはあまり流行らないらしい。

次にフランス料理の大辞典、ラルース〈Larousse,Gastronomique〉でデザートを開けてみた。なんと大きな写真もふくめ、三ページにわたって書いてある。デザートの歴史から、いろんな人の解釈まで。

それによると、デザートは【desservir/食事をかたづける】から来ている。つまり食事の際つかったカトラリーその他を全部どける――文字通り「食後」の用意だから、あなたが仮にパンにまだ未練があっても、パン皿もすーっと引かれてしまう! パン屑も払われ、テーブルはすっきりとする。

古代のデザートはフレッシュやドライのフルーツ。十七世紀末にはアイスクリームが登場、など歴史も。そしてとどめは、食事の最後にとるデザートは、それ以前に食べた料理にふさわしいチョイスをすべきだのひと言。つまり料理の内容と量に相応し、食事全体のメニュ上、バランスの取れたものであること。

別にそんな知識がなくても、私たちは自然に最後のデザートまで視野に入れて、メインの料理を選ぶし、食後は、食べた料理に調和するデザートを考えてとる。チーズたっぷりの料理のあとに、チーズスフレは頼まない、という風に。

うちではなぜか、デザートの係は私、ということになっている。料理は私もするけれど、アミのほうがつくるパーセンテージが高い。でもパイやプディングは、なぜか私の担当だ。というのは、最初にそのレセピをひもといたニンゲンが、その後もそのレセピを担当する――という不文律がいつのまにか、できている。

チェリーパイ、アップル・クランブル、ベイクド・カスタード、ピカン・パイ、チョコレート・ムース、みんな私だ。たぶん、私のほうが「デザート・スキー」(デザート好き)で、アミはダイエット・コンシャスなせいだろう。

「ママ、そろそろカスタードどう?」昨日、アミがすりっと寄ってきた。「卵が溜まってるし」
「変な習慣があるのよ、私のうち」と久しぶりに出たクラス会でふとそのことを言ったら、
「あら、それトモ、昔からそうなのよ!」と友達が言った。「むかーし、試験勉強するんでお宅に伺ったら、もちろん勉強よりおしゃべりしてたんだけど、お紅茶いれるときにお砂糖が切れてたのね、そしたらトモが『あ、お砂糖補給は私の役目だわ。うちじゃずっと私の役なのよ』って言ったのよ」なるほど! 習慣とは気づかずに積み重なるのだ。

まずキャラメライズド・シュガーをつくる。白い食品=不健康は常識で、白い砂糖、白い粉、白いクラッカーは敬遠だが、これはグラニュ糖でないとうまくいかない。茶色くキャラメライズしたのをバターを塗った型に流し込み、冷めるのを待つ間に、中身を用意。全卵を四個、卵黄を二個、ミックス。砂糖を二分の一カップ、ヴァニラ、ナットメッグを少々、ミルクを二カップ。よくミックスしたのを加え、湯煎にしてオーヴンへ。一八〇℃ほどで約四十分。やりすぎると肌にブツブツができる。あたたかいのを食後にカットして食べるのはいい気分。

自分でつくるデザートは失敗しても楽しい。3.11以来、半年以上つくらなかったベイクド・カスタードは、湯煎を忘れてスポンジ風になってしまった!


.
.


Copyright (C) 2002-2012 idea.co. All rights reserved.