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正月ボケも何となく治まり、ようやく普通の生活に戻ったようだ。人間界には様々な行事や予定があるが、家庭で飼われている犬や猫にはそうしたものはない。ただ、自然界の中で営みを送っている動物、例えば鴨や鶴や白鳥のような渡り鳥達には、北へ帰るとか南へ旅立つとかの命に関わる大切な催しがある。

が、悲しいかな飼い犬には、自分で作り出す予定は何一つとしてない。腹が減ったとか、排便や排尿を催したぜ、と、飼い主に必死に訴えたり、散歩の時間が来たことを催促するのみである。また、呼び鈴に反応したり、主人の帰宅を早々と察知して、大騒ぎをするのだが、これらの全ては習慣でしかない。人間の都合により、いつの間にか刷り込まれてしまった行動だ。

我が家でも、雑種の牝犬と黒いラブラドールレトリバーを飼っていて、いずれも通いの訓練士にお願いして服従訓練を行っている。こうした服従訓練も、全て我々飼い主の都合である。雑種の方は、単純な服従訓練だけだから、訓練士が到着するといそいそと玄関まで出迎えに出る。ところが、黒ラブの方は臭気選別という、警察犬協会のカリキュラムにのっとった訓練をしているので嫌で嫌でたまらない。いつしか来客の到着を知らせるチャイムの音が聞こえると、尻尾を巻いてテーブルの下に隠れてしまうようになってしまった。


Kubota Tamami

そもそも、どうして犬に臭気選別などということをやらせるようになったかと言うと、その動機は至って不純である。僕がテレビを見ていて、イタリアやフランスでは犬にトリュフを探させることを知った。日本でも、松茸を探すのに犬を使う人がいるそうである。もともと匂いに対して敏感な犬だったので、これはと思い訓練士に松茸犬にして下さい、と馬鹿馬鹿しい申し出をした。松茸の訓練はともかくとして、匂いを識別する訓練は致しましょう、ということで犬にとっては地獄の訓練が始まったのである。

しかし、犬にとっては迷惑な話で、次第に訓練から逃避するような態度を示すようになってしまった。一度だけ大会でよい成績を納めたことがあったが、喜んだのは人間だけである。正直なところ、もう訓練は止めようと考えたのだが、その前に松茸や椎茸を家の中に隠して探させたところ、これは遊びであると判断したものか嬉々として探し当てるのである。


そこで、昨年の暮れ愛犬を連れて出動した。先ず、トリュフの匂いを犬に嗅がせ、探せと命令する。と、雑木林の斜面で犬の足がピタリと止まった。相当執着して地面の匂いを嗅いでいる。鼻先を棒で掻いてみると、卵よりやや大きめのトリュフらしい塊が出て来た。手にとって匂いを嗅いでみると、トリュフ独特の揮発性の香りがするではないか。褒めて褒めて褒めまくって、再び探せというとまたぞろ同じ反応を示す。ものの五分くらいの間に、なんと大小五粒のトリュフが見つかった。

もう少し探し続けたかったのだが、激しい雨が降って来たので捜索は打ち切った。早速、フランス料理の大家である三国清三氏にコンタクトを取り、鑑定をして頂いた。間違いなく、トリュフだそうである。浮き浮き気分で家に持ち帰り、早速頂くことにした。だが、レストランでトリュフを食べたことはあるけれども、咄嗟にはどうして食べたものか悩んでしまう。ともあれ、パスタにしようということになり、玉ネギを炒めそこにアルデンテに茹でたパスタを加える。次に手早く生クリームを絡め、下ろし金で粉にしたトリュフをふんだんに振りかけ完成。

その味は、思わず小躍りをしてしまうほどに旨い。今迄レストランで有難く味わっていたのは一体何だったのだろうか。芳醇で高貴な香りと共にふくよかな味わいが、口一杯ににじむように広がる。次に試したのが、アリオリ・ペペロンチーニに振りかけた。これはもう絶品。改めて迷犬から名犬に転身した犬を撫でまくる。女房殿の興奮ぶりも半端ではなかった。トリュフの匂いを犬に嗅がせて、普段はやらぬおやつを与えている。ま、今迄高い月謝を払って来たわけだが、そんなことは一気に吹き飛んでしまった。新たなトリュフが生えるだろう今年の秋が、今から楽しみでならない。ただし、ここだけの話しにして頂きたい。