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いやはや、ワールドカップは盛り上がりましたね。特に韓国の活躍には、つくづく感 心したもんです。実はこの僕、韓国に潜り込んで彼の国の熱狂ぶりを目の当たりにしたのですが、サッカーをスタジアムで観るのと同じで、ライブで見るサポーターの迫力は大変なものでありました。

しかし、もっと感心したのは、やはり韓国の人々の食欲の凄さであった。応援もさることながら、食堂に行くと飲んで食べてその合間にあの『テー、ハン、ミン、グック』の大声援。僕が店に入って勘定を済ませても、彼等はひたすら食べ続け飲み続け、『大韓民国』の繰り返し。外に出たら出たで、おばちゃん達がたらいや鍋を叩き、あの大合唱の連続。万が一、日本チームがベストフォーに勝ち進んでいたとしても、国民が一体となっての祭りになったであろうか、疑問である。

中国には、医食同源という言葉があり、食べることと病を防ぐこと癒すことを同次元で捉えている。もう一つ、以熱治熱という言葉があり、夏の暑い盛りに冷たいものを食べるのではなく、熱いものを食べて熱さを治める方法が昔から取られてきた。日本より更に中国に近い韓国でも、この以熱治熱という言葉が生きており、夏にぐつぐつと煮立った参鶏湯を敢て食べたり、唐辛子のたっぷり入ったチゲ鍋を好んで食べている。



Kubota Tamami

つまり、熱くなった体や頭を、熱いものを食べて汗をだらだらと流し冷やすと言う寸法だ。そう言えば、テー、ハン、ミン、グックを繰り返しながら、彼等は鍋を突ついていたような気がする。そうでもしなければ、あの熱い状態からは到底抜け出すことは不可能ではあるまいか。

そんな彼等を、羨ましく思いながら冷麺を啜っていたのだが、冷麺というのは昔から冬の食べものだと言う。このことを最初に聞いたのは父からだった。かつて父が浅草に部屋を借り愛人と暮らしていた時に、僕は金を貰いに不倫の館を訪ねたことがある。恐らく父は気恥ずかしかったのだろう、いささかうろたえながら、「タロー、何か食べに行きましょう」と、慌てて外に出た。近くの焼肉屋に飛び込み、「何でも、遠慮なく注文しなさい。もつ焼きがおいしいですよ」折角なので父の薦めるもつ焼きにしようかと思ったのだが、その日はかなり熱かったので、僕は冷麺を注文した。


父は、黙ってビールを飲んでいたのだが、「タロー、冷麺は冬の食べ物ですよ。朝鮮の人達は、マイナス何十度という極寒の最中に、オンドル(温床)で暖めた部屋の中でパンツ一つになって冷麺を食べるんです。オンドルはいいなー。そのうち、家にも作りましょう」なんてことを言っていた。だが、残念ながら本格的なオンドル部屋は出来ず終い。その代わりに、床暖房の部屋と相成った。

このことを韓国の人に話したら、やっぱり冷麺は冬の料理であるそうだ。しかし、現在は冷麺はかなりポピュラーな料理となり、韓国全土で一年中食べられるようになってしまっている。よし、こうなったら厳寒の韓国を訪れ、パンツ一丁で冷麺を啜るとしようか。以熱治熱に非ず、以冷治冷になるのであろうか……。

ともあれ、韓国の人々の食生活には見習うべき点が多いのは事実である。聞くところによると、ソウルの市役所前には百万近い人達が集まって、半日以上も勝鬨を上げていたと聞く。野暮な僕は、トイレはどうしたのであろうか、とか、食べものはどうしたのであろうか、と要らぬ心配をしてしまうのだが、ソウルの友人の話では、臨時屋台は出ていたし近くの南大門市場にはかなり食堂もあるから問題ありませんよ、とか。食に対してどん欲というのか、いや、正直と申した方が正しいのであろう。とにかく、腹が空いたらおいしいものをしっかりと食べ、その後しっかり動くのである。

韓国で食事をしていて感心したのは、最低三つのキムチが出されるのだが、無くなるといくらでもお代りがきくことだ。日本の焼肉屋に行くと、注文する度に勘定がはね上がる。これでは、気持ちよく満足は出来ないだろう。最近、スローフードという言葉が世の中を横行している。が、スローフード運動の理念の中に、伝統的な食を守るという項がある。今の日本が失いつつあるもの、それが韓国には脈々と生きている。サッカーのフィジカル面が強いのには、こんな原因もあるのだろう。