私がニューヨークに暮らしていたのは大学生の頃だったから、かれこれ四半世紀も前のことになる。

超エリートのビジネスマンもいれば芸術家もいる。大金持ちもいればホームレスもいる。人種も様々……というあの街で、私は学生生活を送った。

大学の学生食堂での食事、アフリカや北欧から来ていた留学生の手料理など、思い出す味はたくさんあるけれど、いちばん懐かしいのは、街のいたるところにある、屋台の「ホットドッグ」である。

昼休みともなると、ホワイトカラーのビジネスマンも、格好のいいキャリアウーマンも、それから私のような学生も、一人暮らしの暇をもてあましているような老人も、観光客も配達途中の運転手さんも、同じように屋台の前に並ぶ。

屋台のおじさんは、ソーセージをパンにはさみ、キャベツかオニオンか……と訊ねてくる。サワーキャベツと、オニオンソテーが用意されているのだ。そして、ケチャップとマスタードはどうするか……ともう一度訊ねられる。カスタムオーダーで出来上がったホットドッグを、油紙にくるみ、おじさんは小銭と引き換えに手渡してくれる。

お天気が良く、気持ちのいい季節であれば、多くの人たちが、テイクアウトしたホットドッグを、公園やオフィスビルのエントランスの塀に腰を下ろしたりして、食べていた。

とっても美味しいという代物ではないような気がする。でも老いも若きも、そして人種も職業も関係なく、みんなが同じように手にして、同じようにかぶりついていた屋台の「ホットドッグ」は、何故かあの街の象徴のようで、私は良く買い求め、いっぱしのニューヨーカーのような顔をして食べたものだ。

痛ましいテロのニュース。あの街で、人々はいつになったら、屈託なく、ホットドッグを食べられるようになるだろう……。


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