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●昔は天を仰いではよく雁の大編隊を眺めたものだが、いつの間にか私はそんな風景を失っている。それでも犬の散歩などで水辺を訪れたりすると、時折雁だか鴨だかが群がるのを見る。書きながら今、私は雁と鴨の違いを知らぬことに気付いた。葱を背負っていないし芹を抱えてもいないから、あるいは昼日中のことでもあるから「あれは鴨じゃないな」と勝手に結論した。鴨なら夜陰にまぎれて動き回る。紅灯の巷を徘徊して鼻毛を読まれたりすれば“いいカモ”である。

▲〈忘年山行〉などと称して、山賊はこの季節、山の上で小宴を催す。歩くよりも呑む方が目的だ。雪にまみれて鍋を囲んだりする。鍋は〈鴨葱〉である。ズドンと一発鴨を仕留め……たりはしない。肉はスーパーで買う。ということは、真鴨ではなく合鴨である。否、家鴨(あひる)かも知れない。不当表示が御手のものの国柄だけに、合鴨と称する市販品の多くは、じつは家鴨なのだそうだ。大雑把な山上の鍋だから、そのへんは黙って目をつぶる。それでも野趣に不足はない。

■もちろん下界でも、寒気が心地よく身にしみる晩などは鴨の鍋がぴったりだ。小鍋立てである。独り酒にもこれはうれしい。真鴨が手に入れば申し分ないが、ダメなら合鴨までは許そう。家で家鴨はナシにしたい。葱は斜め切り、または二つ割りにしてからザクザクと。それを土鍋の底に敷きスライスした鴨肉を寝かせる。他に具材は不用。赤い肉と肉を縁取る白い脂のコントラストが唾液腺をくすぐる。私流の割り下を注ぎ、さっと火が通ったところで箸を付ける。酒は、(洒落で)長岡産・合鴨米使用の名醸を開ける。漸次葱と鴨を継ぎ足しながら、ほろほろと酔う。

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