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●酒は微温(ぬるめ)の燗がいいらしい。肴は焙った烏賊(いか)でいいンだそうだ。八代亜紀がそんな風に唄うのを聴いた。昔は生鮮物も干物も、烏賊はみんな烏賊と呼んだらしい。土地によっては今も区別がないらしい。干涸びた烏賊――つまり鯣(するめ)を、幼い頃、よく火鉢の火に焙って裂く仕事をした。父の酒の肴だ。私もそれをしゃぶり、序(ついで)に酒も盗み舐めた。鯣は賀祝の品でもあるらしいが、イメージ的に何となく侘しい。歯を食い縛ってばかりいたせいか、若いうちから、もう鯣を食えぬ歯になってしまった。鯣は、ちょいと横においておく。

▲イモ。野暮の代名詞? 薯あるいは藷の字もあるが、未だに手書きの私は専ら字画の少ない芋の字ばかり使う。里芋は米をまだ知らなかった遥か昔に、食の主役だったらしい。だから、今も“晴れ”の場で格式を張ることもあるのだそうな。
東北の山と湯に遊ぶことの多い私は、地域地域の芋子煮をよくゴチになる。自ら、何度か真似て作ったこともある。だが、私の好みは、肉や根菜類の具材が賑やかな芋子煮よりも、里芋と烏賊あるいは里芋と鮹といった単純なコラボレーションに走る。更にもっと、芋だけを極薄の味付けで白く仕上げるとか、蒸したやつを塩だけで(いや、塩も省略して)食べるとか……最近はそんな調子だ。

■ふと思い立って、歯が立たぬまま眠らせていた戴きものの鯣を出しに使い、イモを煮っ転がした。細長い千切りにした鯣と昆布(松前漬用として市販されているのを真似た)が、
単純にして、しかも濃厚な味わいの一品に仕上げてくれた。冷や酒を片手に、夜中のキッチンに立ち、鍋から直に摘まんで「うん、こりゃあいいネ」と、独り悦に入った。


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