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●十五歳の秋。当時私は、東京近郊とも思えぬ、とんでもない田舎に暮らしていた。ある日深刻な腹痛におののき、最寄りのおんぼろ医院へ駆け込んだ。「虫垂炎だ。すぐ切るから、腹に巻く晒と入院用の布団をもっておいで」と、軍医上がりの乱暴者と噂されたその医者がいった。私は街に出て晒を買い、農家からリヤカーを借りて布団その他を積み、自ら曳いて、再度おんぼろ医院へ向かった。過去に何度も炎症を繰り返していたらしく、私の盲腸はもう腸のかたちを留めてはいなかった。麻酔が全く効かぬままオペが進行したから、その一部始終を私はちゃんと覚えている。いやはや、あの苦痛と恐怖は忘れ難い。術後「すぐ家に帰りたい」という私に、「一週間は居てもらわぬとこっちの商売にならねえ」と乱暴医者はほざいた。結局三日間滞在してその間私は自炊した。あの時、医院の庭に七輪を出して、秋刀魚を二尾焼いて食ったこともよく覚えている。じゅうじゅう脂を滴らせ黒々と燻されたそやつは、なかなかほろ苦かった。

■青魚が滅法好きなくせに、昔から何故か秋刀魚だけは<大歓迎>とは行かなかった。後年、刺身などいくら勧められても箸を付ける気にはならなかったのである。昨年はスーパーの魚売場できれいな姿の秋刀魚がやけに目に付いた。♪サカナーを食べーるとー アタマがーよくーなる……という歌に踊らされて、好きでもない秋刀魚を、立て続けに四回も買ってしまった。しかも生で食ったのだ。それが正しい方法かどうか知らぬが、軽く塩で締めて、酢で洗い、削ぎ切りにした。「おっ、なかなか……」だなんてね。その、それなりの味覚を昨年やっと悟った次第です。


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