「土用丑の日はうなぎの日」に因んで話を伺いたいとのことですが、僕も大して詳しくはないんですよ。なにせ鰻はその生態からして、まだ未知の部分ばかりなんですから。

大体その「土用〜」にしても、平賀源内が鰻屋に頼まれて考えた広告コピーなんです。現代まで広く伝播している、非常に優れたコピーだと思いますが、どうせならば「土曜はうなぎの日」にしてくれていれば、鰻屋は毎週繁盛してたんじゃないですかね。

『味の味』の読者には鰻好きが多いと聞いていますので、とりあえず僕が知っている範囲のことをお話ししましょう。もっともっと鰻を好きになって欲しいですからね。


贅沢なエサで育てる養殖もの

大きく分けて、世界には十六種類の鰻がいますが、蒲焼にできるのは、フィリピン沖産の二種類とバミューダ海峡産の三種類だけ。鰻屋は大抵日本で養殖されたものを使いますが、スーパーでも最近では良い仕事をしてある鰻が出回っています。ご家庭でより美味しく召し上がる方法は、ぜひ鰻屋に聞いて欲しいですね。日本の河口で捕ったシラスウナギを育てたものを「養殖鰻」、川を上って棲みついて親になったものを「天然鰻」と呼んでいます。

養殖ものは、昔は技術が良くなくて、大きく育ちませんでしたが、最近はエサも技術も進歩しましたね。ウチのエサは生魚の他、さば、あじ、ほっけの粉末に、アロエ、漢方薬、ニンニク、ビタミン、魚油などを入れて、さらにでんぷんを混ぜています。なんか贅沢な食事をさせているようですが、これは病気を出さないため。養殖池で病気が発生すると、どうしても抗生物質に頼らざるを得ませんが、肉質が落ちますし、第一そんなものはお客さまの口に入れられませんから。人間と同じで、予防が肝要だということです。

そして、鰻は体を回転させながら、魚の肉や内臓を引きちぎって食べる習性があるので、散乱しないような練りエサを開発しました。これは池の水を汚さないためで、少しでも水質が悪くなると、病気が発生しやすくなるからです。

養殖した鰻は半年で大きくなりますが、まだ身が締まっていないので、二歳ぐらいが一番美味しい。天然鰻だと五歳ぐらいまでですかね。鰻は春から夏にかけて食欲が旺盛ですから、秋口には脂がのって旨くなるんです。よく「夏バテには鰻!」って言いますが、むしろ僕は、寒くなってからこそ食べて欲しいと思います。


鰻の不思議な習性

ところで、「鰻が電柱に登る」って知っていますか? 電柱に鰻が生る、とでも言えばいいのか…。もう三十年ぐらい前、浜名湖の近くでの話です。

当時の養殖池は路地池といって、ネットやビニールで覆われていなかったんです。夜になると、池の周りに生えている草が、夜露に濡れて水面に垂れてくる。すると鰻は、上流に遡る習性があるので、草を伝って池から脱走してしまう。そして当時の電柱は木製ですから、簡単にゾロゾロと這い上がっていってしまうんです。

かくして一晩かけて、最上部に鰻の稚魚がウジャウジャと固まっている電柱の出来上がり、というわけです。ところが陽が昇ってくると乾燥するので、今度は稚魚がポタポタと落ちてくる。それを下でビニールシートで受け止めて、池に戻してやってたんですよ。今思えば、写真に撮っておけば良かったですね。

一人前の職人になるには五百人前は無駄になる

そして調理法ですが、良く知られているように、関東では『切腹』を嫌って背中から、関西では腹から割きます。江戸っ子の洒落でしょうが、仕事は腹裂きの方が三倍楽なんですよ。因みに包丁も違います。また血が飛んで目に入ると、一日中痛いぐらいなんですが、不思議なことに肝はとても目に良いんです。昔はよくタクシードライバーが飲みに来ていました。

あと、関東では白焼きにしてから一旦蒸して、そしてタレに漬けてまた焼いていきます。身が崩れやすいので、一人前の職人になるまで、ざっと五百人前は無駄になってしまいます。

そのタレですが、ウチでは砂糖の代わりに、ニュージーランド産のれんげの蜂蜜を使っています。蜂蜜と醤油を五十パーセントずつ、それに0.5パーセント日本酒を入れて、蜂蜜臭さを無くしています。…そんなことバラしちゃって構わないのかって?

全然問題ありませんよ。よく、一子相伝秘伝のタレとか、火事になったら何よりもまずタレ持って逃げるだのという所もありますが、僕には全く解せませんね。美味しいものは、みんなに教えてあげた方が良いと考えていますから。


日本人は本当に鰻好き

鰻は全部食べられます。かぶと(頭)は、高圧がまで蒸して柔らかくなったのを、タレかわさび醤油で。ひれは、えんがわと一緒に巻いて串焼き。背中の厚い肉はくりから、腹の肉は串巻きに。他にはう巻き、うなぎハムにもします。肝はおなじみ肝焼き、そして肝わさ、肝吸。骨はから揚げにして骨せんべい、これも結構人気があるんですよ。

手間ひま掛けて育てた鰻ですから、まんべんなく美味しくお客さまに召し上がって頂きたい。そのためには、店側が常に研究と努力をしていかなければなりません。

日本以外の国でも鰻は食べられていますから、世界には色々な料理法があります。稚魚料理はスペインに多く、オリーブ油とニンニクの味付けでムニエルにして食べます。イタリアではバターと塩、胡椒で炒めた料理があります。有名なのは燻製で、ドイツ、スウェーデンなどでよく食べられていますね。

でも、なんといっても、世界で一番鰻を食べているのは日本なんです。一年間に十五万トン、約七億五千食分にもなるんですよ。僕自身、店に出てお客さまと応対していると、「日本人は本当に鰻が大好きなんだなぁ」って、いつも実感してますよ。

そうそう、鰻好きにはどういうわけか美人が多いって知ってる?

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