「ランチの木」をどこに持つか
大学生になりたての頃は、家の外で食べるのがうれしいものだ。最近、うちの近くの大学に通っている甥の娘に、うちの娘が訊いた。
「お昼どうしてるの? ママはお料理上手だから、お弁当持ってったりするの?」
「ううん。誰もそんなことしないもの。お宅のそばのセブンイレブンのお弁当買ったり。近くのハンバーガーショップ、あそこでも食べるのよ」
あとで娘が思い出して笑った。
「お店の外観が可愛いんで私が食べたがったら、ママに『まずいわよ、見かけだけよ』って笑われたわね」
白壁に緑の窓枠で愛らしい見かけ。でも、肉は値段でわかる。200円のハンバーガーにおいしいさを期待するのは、ネコに空を飛べというのと同じ。昔の東京ヒルトン、いまのキャピトル東急のコーヒーハウス「オリガミ」のハンバーガーは、いまも変わらず東京一おいしいと思うけど、値段も東京一で、ひと皿1900円。友達のエリも、
「サラリーマンのお昼には、ちょっとねー」とぼやいた。その彼女と娘は仲がよくて、
「エリと神保町で食べたけど、とても上手に、おいしくて値段もリーズナブルな所に行くのよ」
出版社が多いその界隈は、値段と味がひきあう店が結構あって、
「お昼は困らないんですって。その日はせっかくだからって『ながと』って鯛茶のお店に行ったの」
鯛茶は1300円で勤め人のお昼にはちょっと高めだけど、味よく、ご飯のお代わり自由、夫婦二人でやってる感じいい店。彼女の愛用の店にはカレー屋もあって、ポーク800円、チキン1000円、ポタージュ付き。辛口カレーがおいしいという。ご飯は男には普通で女には少な目。ウェイトレスは、
「チキン、女性のお客様でーす」なんて注文を通すそうだ。あるとき彼女は、
「私、残さないから少しにしないでください」と頼んだら、以来ずっと男並の分量になった。
「いいわね、そういう人間味のある所って」
「神田や浅草は、個人経営のお店だからね」
ランチに限らず、食べる店の選び方には、その人なりのさまざまな基準がある。トイレのきれいな店や、空間のある店が好きとか、美味しくても騒々しい店はいや、とか。お料理の他にデザートもつくランチを、味よりも値段のトクさ加減で選ぶ人もいる。
「お昼のおそば屋は要注意」
というのも、ランチの新しい基準だ。いいお蕎麦はお昼に最高のぜいたくだけど、おいしくてちょっと気取った店は、黒塗りハイヤーで乗りつける役員オジサン愛用だったりする。 おそば屋は入れ込みだから、一緒のテーブルになりでもしたら、オジサン族のえらそうな様子にげんなりすることもある。
だから、ランチはむずかしい。
「それだから、どこに『ランチの木』を持つかがサラリーマンとサラリーウーマンの大事なのよ」
私は娘と顔見合わせ、でも、どんな感じいい店でも外食とは飽きるものだ、自分のお弁当にしくものはないだろう、と思った。
アメリカのスタンダードの、黒く塗ったブリキの、上がかまぼこ型にドーム状のランチボックス。子供用にはプラスティックにキャラクターを描いたもの。テルモスにミルクやコーヒー、好みのサンドゥィッチ、リンゴやオレンジ。日本式に竹かごにおむすび各種もいいな。それをほんとの「ランチの木」の下で食べられたら、リフレッシュする。