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街なかの交差点の一本の木

その一本の木は、ビルと大通りの中にただ一つ残った大木で、お昼どき通りがかると、木の下でお弁当を拡げている男がいる。

気にかけて見ると、通るたびに必ず作業服の男がひとり、ふたり、ときには5,6人座っている。夏は緑の葉陰で涼を取り、葉の落ちた冬はささやかな日向ぼっこだ。

すぐ前はクルマの交通量の多い通りだから、排気ガスが渦巻いていそうだが、鉄骨とコンクリートの間で働く人には、ささやかな憩いの場だ。大規模の工事は六本木ヒルズで、まだ進行中だが、いちばん最初に建ったビルの一画にひと気のないスーパーがあり、木はその前に枝を拡げている。

そこは麻布十番の細い通りから大通りへ出るのに信号待ちをする所で、私はいつも左手にその木を見る。

「ランチの木ね」娘が言った。

「一本だけでも、あの木があってよかったわ。あそこで食べれば楽しそう」

ビルの作業員は、田舎から来たお父さんたちか、日本に出稼ぎにきた外国人か。一本の木の下でお昼を食べる横顔は平和に見えるけど、心には何が浮かんでいるのだろう。

「ランチの木が街の方々にあったら、外で働く人はたすかるわね」

「サラリーマンだって、お弁当持ってきて戸外で食べたら、オフィスでカイシャの顔見ながら食べるよりずっとしあわせだわ」

「でも、緑のいい公園がないわね。日比谷公園だってあんまりお弁当向きじゃない」

東京の公園がまずしいのは、残念だけど事実だ。一人当たり面積はロンドン27平米、ニューヨーク29平米に対して、23区はたった4.5平米。これじゃ緑陰のお弁当はとてもムリ。

仮に近くに公園があったとしても、勤め人にはほかの日本的な自己規制のブレーキが働く。「わかってるけど、そうはいかない」というやつ。自分のランチボックスを持ってきて外で食べるのは、「身勝手な単独行動」で、集団主義の仲間に、村八分とまでいかなくても、白い目でみられる原因になる。

娘が赤坂の企画事務所のオフィスで働いていたとき、週に二回は単独行をしたから、
「浮いちゃったのよ。でも、ランチだって自分の好きな店でおいしいもの食べたいし、独りの空

間がほしいわ。砂場とコルザが憩いの場所だったの」

「そういう店が『ランチの木』だったわけね」

「ランチの木って、持とうと思えば持てるのよ。自分の目で探せば、必ずあるのよ」


真下が工事になり、今は誰も憩えないランチの木


「ランチの木」をどこに持つか

大学生になりたての頃は、家の外で食べるのがうれしいものだ。最近、うちの近くの大学に通っている甥の娘に、うちの娘が訊いた。

「お昼どうしてるの? ママはお料理上手だから、お弁当持ってったりするの?」

「ううん。誰もそんなことしないもの。お宅のそばのセブンイレブンのお弁当買ったり。近くのハンバーガーショップ、あそこでも食べるのよ」

あとで娘が思い出して笑った。

「お店の外観が可愛いんで私が食べたがったら、ママに『まずいわよ、見かけだけよ』って笑われたわね」

白壁に緑の窓枠で愛らしい見かけ。でも、肉は値段でわかる。200円のハンバーガーにおいしいさを期待するのは、ネコに空を飛べというのと同じ。昔の東京ヒルトン、いまのキャピトル東急のコーヒーハウス「オリガミ」のハンバーガーは、いまも変わらず東京一おいしいと思うけど、値段も東京一で、ひと皿1900円。友達のエリも、

「サラリーマンのお昼には、ちょっとねー」とぼやいた。その彼女と娘は仲がよくて、

「エリと神保町で食べたけど、とても上手に、おいしくて値段もリーズナブルな所に行くのよ」
出版社が多いその界隈は、値段と味がひきあう店が結構あって、

「お昼は困らないんですって。その日はせっかくだからって『ながと』って鯛茶のお店に行ったの」

鯛茶は1300円で勤め人のお昼にはちょっと高めだけど、味よく、ご飯のお代わり自由、夫婦二人でやってる感じいい店。彼女の愛用の店にはカレー屋もあって、ポーク800円、チキン1000円、ポタージュ付き。辛口カレーがおいしいという。ご飯は男には普通で女には少な目。ウェイトレスは、

「チキン、女性のお客様でーす」なんて注文を通すそうだ。あるとき彼女は、

「私、残さないから少しにしないでください」と頼んだら、以来ずっと男並の分量になった。

「いいわね、そういう人間味のある所って」

「神田や浅草は、個人経営のお店だからね」

ランチに限らず、食べる店の選び方には、その人なりのさまざまな基準がある。トイレのきれいな店や、空間のある店が好きとか、美味しくても騒々しい店はいや、とか。お料理の他にデザートもつくランチを、味よりも値段のトクさ加減で選ぶ人もいる。

「お昼のおそば屋は要注意」

というのも、ランチの新しい基準だ。いいお蕎麦はお昼に最高のぜいたくだけど、おいしくてちょっと気取った店は、黒塗りハイヤーで乗りつける役員オジサン愛用だったりする。 おそば屋は入れ込みだから、一緒のテーブルになりでもしたら、オジサン族のえらそうな様子にげんなりすることもある。

だから、ランチはむずかしい。

「それだから、どこに『ランチの木』を持つかがサラリーマンとサラリーウーマンの大事なのよ」

私は娘と顔見合わせ、でも、どんな感じいい店でも外食とは飽きるものだ、自分のお弁当にしくものはないだろう、と思った。

アメリカのスタンダードの、黒く塗ったブリキの、上がかまぼこ型にドーム状のランチボックス。子供用にはプラスティックにキャラクターを描いたもの。テルモスにミルクやコーヒー、好みのサンドゥィッチ、リンゴやオレンジ。日本式に竹かごにおむすび各種もいいな。それをほんとの「ランチの木」の下で食べられたら、リフレッシュする。