ロートレックはこうやった
ページをくると、ある、ある。「野鳥・野獣の肉あれこれ」の章に〈オルレアンの森のイノシシ〉。パリがオルレアンなら、私は阿蘇山のイノシシだ。
イノシシの肉は、鼻で嗅いでわからないけど、食べると臭みがあるのだろう。アピーキウスのイノシシ料理は、ローストと水煮が数種類、どれも香辛料とハーブとリクァーメン(魚醤)の多用が特徴だ。
たとえば塩とクミンを肉にふり、焼き上がったあと胡椒、蜂蜜、さまざまなハーブ、リクァーメン、ワインをかける。五種類あるソースはセロリー、タイム、ディル、オレガノ、ナットメッグなど、ハーブがたっぷり使われている。でもアピーキウスはイノシシをあらかじめマリネしないのが不思議だ。
ロートレックはマリネする。玉ネギのザク切り、にんじんスライス、エシャロットを軽く炒める。そこに塩、胡椒、芳香コショウ、唐辛子、ピーマン、クローヴ、タイム、ローレル、白ワインと水を加え、15分煮る。肉の塊をこれで漬けこむ。
私はロートレックにないレモンピールやミカンの皮を足し、アピーキウスを真似てイシル(能登の魚醤)も入れ、肉にぶつぶつ穴を開けて二日間漬けこむことにした。
「ママ、混ぜすぎよ。フランスとギリシャじゃ」
娘が不安顔をする。私は鼻で笑って、
「ギリシャじゃないローマよ。あの頃のフランスは植民地のナンプラー(魚醤)を知らないから使わなかっただけ。いまエリゼ宮だって隠し味にお醤油いれるじゃない」
三日目の今日、お昼からロートレック流で煮はじめた。漬けた肉の小さめの半分を(おいしくなかったら困るので安全パイ)白ワイン一カップ、同量の水、濃いめのビーフブイヨン、塩、胡椒、タイム、クローヴ、ローレル、パプリカ、パセリ、セージ、ブーケガルニ――ハーブと香辛料の山! で覆い、分厚いコプコの鉄鍋で弱火で1時間。
娘が、パリの友達がくれた四種類の香辛料のミックスを香り付けに少し加えた。500グラムにつき15分と本にはあるけど、イノシシは固いから、1時間煮て、火をとめたあと1時間蒸らした。
やがて蓋をとるとプンと香辛料のいい香り。水分はたっぷり残っている。薄く切って口へ。おいしい!ビーフのポットローストに似てるけど、牛より香りがよく、軽い味だ。
娘とにんまり。
「よかった! これなら成功!」
食べるときは、ベアネーズソースか、煮汁にウースターソースを加えてブラウンソースにする、とある。私は前者でいこう。つけあわせは、ポテトの薄切りフライとあって、うーん、これもおいしそう。
本田家では、味噌仕立てと野菜いためで食べた。
「昔は冬とったイノシシを辛口味噌に漬けこんで、夏に食べたんだそうです。いまはすぐ食べるから甘味噌で、漬けたあとちょっと陰干しして、野菜と炒めます。この間NHKの『現代の目』のスローフードにイノシシ料理で出たんですよ。お袋の知恵教えてもらってやりました」
「あら、そんなときは見たいから教えてね」
本田さんのお母さんは、クルマいすだけど健在で、いま生きる〈むかし料理〉でニコニコしてる様子が目に浮かぶ。