『スローフードな人生』の著者である島村奈津さんが、北イタリアのヴァルヴェスチーノという小さな村から、素朴ですこぶる香りの高いチーズを持ってきてくれた。形や色合いは、パルメジャーノと似ているが、塩気が余りなく高貴な香りが漂うチーズである。固い塊に包丁を入れ、ある程度の大きさにスライスすると、良い具合にポロポロとして食べやすい。味はまろやかで、口の中で優しく溶け、舌の周りにいい感じの膜を作ってくれる。もしかすると、ワインもさることながら、さらりとした日本酒に合うのかも知れない。
ヴァルヴェスチーノなんていう村は、日本のガイドブックはおろか、かなりの世界地図を探しても見つけるのはかなり難しい。目安としては、ヴェローナの北にあるガルダ湖の中間のやや北に寄ったところで、イタリア人もあまり訪れない過疎に近い村のようである。聞くところによると、彼女がその村を訪れた初めての日本人だとか……。そんなことはどうでもよろしいのだが、この村のチーズは何と7年ものとか、12年ものとかがあって、滅多なことでは村から出ることはないそうである。
村人は、三日に一度、このチーズに麻の実油を塗り、じっくりじっくりと熟成させるそうである。そう考えるとこれは大変な作業だ。年に100回油を塗るとして、7年ものなら700回、12年ものは1200回。とんでもないチーズである。果たして、日本にこのような食べものがあるだろうか。しかし、どんなに手をかけた食べものとて、食べる時は一瞬にして咀嚼してしまう。だからであろう、このチーズは村の中ではいくら食べてもよいが、村から持ち出さないで欲しいと、村から持ち出すとてきめんに味が変わると、村人は拒むそうである。
いやはや、日本で食べてこれだけおいしいチーズ、ヴァルヴェスチーノ村で食べたらどれだけおいしいのだろうか。村には石造りの民家を改装したコテージがあり、誰でもがかなり安く泊れるそうだから、湖水地方の野山をトレッキングがてら、是非是非ゆっくりと訪ねて、スローフードの原点であるようなチーズを心ゆくまで味わってみたいと思う。
|