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晴天の霹靂とはこういうことを言うのだろうか、先日の人間ドックで糖尿病であると診断されてしまった。昨年の検査では箸にも棒にもかからなかった糖尿の存在が、たった数時間の検査で主役に躍り出てしまったのである。

正直なところ、ドックに入る数日前までは、いや、検査直前までは胃カメラに対する不安や、ここ数年の課題である脂肪肝の方ばかりを気にしていたのだ。が、検査が終わって最後の面談で、肺、胃、大腸、直腸異常なし、脂肪肝もやや警戒の余地はあるものの、取り立てて心配はいらないとのこと。なのに、あろうことか、四十代前半であろう担当医は、

「いやー、ちょっと血糖値が高いですねー。通常、検査で二度140を超えると、糖尿病ということになります。早々に専門医の診断を仰ぎ、対処されるようお勧め致します」
「えっ、糖尿ですか。原因は何なのでしょうか。甘いものの食べ過ぎでしょうか、それともー……」
「ふーむ。はーっ、体脂肪が高いですねー。まっ、食生活も大きな要因でしょうが、運動不足も一つの原因となりますからねー。七十八キロですかー、十キロは多いですかねー。ともかく、専門医の再検査と診断を受けて下さい。お大事に!」

医者からお大事になんて言われることは、これは明らかに病人として扱われていることになるのではないだろうか。そんなことを考えているうちに、いつしか全身にわなわなという感じの震えが襲って来た。咽の辺りがひくひくとして、生唾を飲み込もうとするのだがどうしても空飲み込みになってしまう。こんな動揺を医者には覚られたくない、そう思い始めると医者があれこれとサゼッションをして呉れているらしいのだが、馬耳東風。ひどいことに、病院からどうやって会社のデスクに戻ったのか全く覚えていない。いつの間にやら、デスクに呆然と座っていた。


Kubota Tamami
糖尿病、今まではまるで他人事のように考えていた。というのは、我が檀ファミリーには、糖尿になったという人が皆無だったからである。酒の飲み過ぎで肝臓を悪くしたとか、たばこを吸い過ぎて肺ガンになったとか……。僕の父は肺ガンだったし、叔母は確か肝臓ガンであった筈。母の一族のことはあまり分らないが、糖尿病で亡くなったという話は聞いたことがない。だから、糖尿に関してはノーケアであった。

ただし糖尿病の悲惨さは、父の友人の例や僕の周囲にも糖尿で苦しんでいる知人が数人いて理解はしていた。が、まさか自分の身に降りかかってくるとは、夢にも考えなかったのである。とまれ、冷静になって考えると、僕の場合は空腹時の血糖値がボーダーラインを僅かに超えた程度である。頼もしき女房殿は早速書物を買い込んで来て、

「先ずは食生活ですね。それと、運動。毎日の散歩を、もう少ししっかりと歩きましょう。だらだら歩いたって、何にもなりませんからね」

何だかドクターより細かい指示が出てきた。おまけに、
「食事も、これからは一人ずつの小分けにしますからね。一盛りにして大皿にして出すと、あなたがどれだけ食べたのかわからないでしょっ。それと、朝はリンゴと人参のジュースだけです。お昼は、出来るだけお蕎麦を食べるようにして下さいね」

まだ、一週間しか経ってはいないが、制限付きの食事に切り替え、運動もたっぷりと行っている。心なしか、腹部の脂肪がゆるんで来たような気もする。とにかく自分の体のこと、しっかりと現実を見つめ糖尿予備軍で終わりたいと考えている。今、唯一の愉しみは、制限のない夕食をゆっくり味わうことである。


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