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今年の夏は烈火のごとく暑かった。自然現象というよりは都市生活が生み出す異常気象らしい。かたや、この環境の歪みが、豪雨被害をもたらして少なからぬ人命と生活が失われた。都会生活者のツケが巡り巡って、地方に住むお年寄りの命を奪う。これってあんまりと言えばあんまりだった。
せめてもの抵抗で、意地でも冷房をつけなかった。家中の窓を開け放ち、風の通り道を作った。東京と言えども緑の多い街なので、吹き抜ける風は心地好い天然クーラーとなる。それでも日の元は天下の灼熱地獄で、一歩外に出ると汗が噴出。全身は歩く塩田状態と化して、ピリピリチクチク痛かった。個々人の生活のみならず、街造りだの建築物だののレベルで環境をまともなものにしなければ。日本が、地球が、この星が壊れちゃうよ。

アスファルトの街中でも、木々の茂る家の側を通る時にはすうっと涼しくなる。当たり前の事なんだけど、人間らしい普通の生活には木々の緑や土がとても大切なんだと思う。大切なものを失うと人間の心はささくれだってくる。環境の歪みが生み出す地球温暖化は人間の歪みそのものだ。

それでも八月に入り立秋を迎えると、夜には虫の声が聞こえだした。庭の草むらから届く涼風と虫の声が、今年ほど愛しい年はなかった。季節は裏切ることなく巡ってくる。こんな時、ああ、生きているな……、生きていてよかったなと、幸せを感じる。揺らぎの中で生きている。とどまることない変化の中で、自分と他者との関わり合いを刹那の中で感謝する。大切なことって、もしかしたらこんなことなんじゃないのかな。

灼熱の天空を呪うかのごとく、水っぽく低迷していたエネルギーも、秋風の到来で再燃し始める。残暑厳しい中でも、そそくさと秋のモードの食仕込み気分になる。生きる欲望と食欲は比例するみたい。心のエネルギーが充足すると、食作りのエネルギーもわいてくる。

草むらから虫の声が届くと、秋の発酵食準備の合図。寒い季節に向けた発酵食作りのスタートとなる。秋のスタートとは言え、残暑厳しい年である。お天気の機嫌を伺いつつ秋仕込みの一番手は、数年ぶりに豆板醤の登場となった。中華料理でお馴染みの唐辛子味噌だけど、用途は中華に限らない。あらゆるエスニック料理や、果てはふだんの和風料理にまで使えて便利。小さじ半分の豆板醤と同量の酢をスープだの、炒め物だの、甘辛煮付けの魚だのの隠し味に入れてみる。そこはかとなく感じる酸味と辛みが、残暑疲れの底でどろんと眠っていた食欲を呼び覚ます。また、トマトペーストと豆板醤を混ぜ合わせたものは、トルコ料理の味付けにぴったりだ。ともかく好き勝手に使い回す。そのためにはやはり、自分の料理に合うように自家製のものが必要だ。

私は生の赤唐辛子があるうちに乾燥空豆と麹と塩で我流に仕込む。ちなみに大陸の麹と日本の米麹とでは菌の種類が違うので、どのみち同じものには出来上らない。手前味噌ではあるけれど、私の手作りのものの方が塩味が格段に円やかだ。唐辛子も生のものを使うので粉唐辛子のほこり臭さが無く、唐辛子の甘みも香りも生きている。この我流豆板醤を、市販のものよりずっと美味しくて使いやすいと、誉めてくれる人も少なからずいる。

味噌や醤づくりは日本のものだけに限らず、作れるものはありとあらゆるものを作り出す。調味料も手作りの方が、そのあとの料理も思い通りに出来上がる。発酵の原理と塩使いを知っていれば、たいがいのものは作れてしまう。一番手は豆板醤だったが、もっと涼しくなると麹を作り、日本の味噌仕込みに突入する。穀物によっても発酵が生み出す旨味が変化する。必要に応じて味噌を使い分けるため、発芽大麦や雑穀も麹にして、自分だけの味の味噌にする。


塩と豆のたんぱく質、穀物の発酵物と時間の経過で真の旨味を生み出すのは、人の技で無く自然の摂理。時間のうつろいの中で、生きている食べもの発酵食は常に変化していく。でも、まったく同じに作ったものでも、人によっては不味くしてしまったり、腐敗させたりする。

正常な変化に必要なものは、自然のままの海のミネラルバランスと、あるがままに流れて行く時間と人間らしい生活環境。それらのどれを歪ませてしまっても、発酵食は美味しくならない。だから、私は沖縄の美しい海から作られたミネラルバランス抜群の自然海塩、《粟国の塩》を使う。

発酵食や梅干などの伝統的スローフードを腐敗させるような、例えば、人工的空調の行き届いた気密性の高いマンションなどの生活環境や、人工の食材は、生きている人間にも善いものとは思えない。食生活や食材選びは人のライフスタイルに直結する。味噌や梅干や漬け物を手作りしてみようとする人がたくさん増えたら、日本の生活環境が少しはまともになるんじゃなかろうか? とマジに考えている私ってアホかいな!?
イラスト・ますだとみえ)


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