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何が儲かるというわけでもないのに、秋から冬にかけてはメチャ忙しい。横槍飛び入りの外からの仕事が入るのが多いのも十一月から十二月にかけての冬。その上、教室の行事。まあ、これは麹を作って味噌仕込みだの、葡萄酒やみりんだの、キムチだの、たくあん漬けだの、いずし仕込みだの、餅つき大会だの、クリスマス料理だの、おせち料理だのといった年末恒例の毎度お騒がせアイテム。これらは慣れたもんで、毎年かなり楽しみながらハードルクリア。一番ヤバイのが年末飲み会。必ず一年分ほどの二日酔で、宇宙遊泳をすること丸一日。一日たりとも休めない労働者階級の身分にとって、これはかなりまずいことなのです。その悪影響が元旦まで毎年持ち越されるわけです。お正月なんか大嫌いだ。正月なんかなければいいのに。


さて、そのようなシッチャカメッチャカな師走の料理仕事に必須の下準備があるのです。何をやるか? 塩の下準備なのです。
もう、これは本来、十一月くらいの晩秋からすでに心がけて準備しておきます。料理って塩の使い方で味の全てが決まってしまいますので。料理がたてこむ師走にはすでに全部用意されていなければ教室がもたない。
たて塩、ふり塩、すりこむ塩、手塩、パラパラと軽くかける塩、塩蔵、混ぜこむ塩……。全部、塩の扱い方が変わります。塩使いに手心がなければ、とんでもない味にしてくれちゃう生徒たち。ガーン! と卒倒しそうなことをする人もいる。言葉で教えてもらちがあかない。何をやるか? 使いやすいように、塩を加工します(嗚呼、こんなアホな話ってウチだけかも知れない)。ニガリ(つまり塩化ナトリウム以外の海のミネラル)が多い塩は割とベタッとして湿り気を帯びています。まず、これをふり塩やパラパラとかける塩用に使いやすいように焼き塩にする。塩にニガリを加えてベタベタくらいにして、それをから煎りする。ニガリ分があっても焼き塩にすると当面サラサラとしていて、誰にでも(料理下手でも)使いやすい。専売公社の時代に食卓塩というものがあったでしょ。あれを少しでも振りかけると、とたんに食べものは食えないほど不味いものになった。でも、サラサラと振りかけやすい塩の形態は便利だったのです。その便利さだけ再現する。つまりニガリ+塩。煎って焼き塩にしてしまうのです。味も極上。
手塩、これは特にお握りなど直接手で触れるものに使う塩。私はこれを梅酢を煮詰めて作っています。いうなれば梅塩。これは梅酢を煮詰めてクエン酸ナトリウム塩にする。
味塩というものも作る。昆布ダシをきかせたダシ汁で塩を煎る。振り塩にぴったり。アンチョビー作りなどで出た、濃い塩味の魚汁は煮てタンパク質だけ固めて布で漉し、濃い塩水にして、しょっつるのように使う。これはダシ入りカンスイ(濃い塩水)です。このくらい用意しておくと、手塩心のない生徒にも塩使いを言葉で指示できるのです。


なぜ、私がここまで塩という調味料を自分に引き付けて手作り再加工までするのかと申しますと、理由は一昨年夏の朝日新聞記事の塩特集にあるのです。塩の成分など、違いがあっても、塩なんか使う量は少ないから、ミネラルの効用や味の違いや使い勝手なんて意味がない。味なんてどれでも同じ。塩なんてムードで選んで楽しめばァ〜。という結論の記事が土曜版にどでかく載った。私はそれを読んだとたん、わさび付きの刺身を盗み食いした猫のようにクワー! と憤ったのです。これは本物の塩を作る努力をしている塩職人はおろか、料理の事までクソ馬鹿にした記事だゾと、怒り狂いました。食べ物作りの本質に対する理解が全くない。涙が出るほど悔しかった。悔しさついでの腹いせで、粟国の塩の小渡氏にまで悪たれ口の、ののしりの連絡を入れた。なぜならば、粟国の塩も名指しでその記事のターゲットになっていたから。なんで、そんな取材に同意したんだい?

粟国の塩にとっても寝耳に水の記事だったらしい。もっと頭にきた。朝日新聞に抗議文を入れた。同時に私は市場に出ているありとあらゆる塩を可能な限り買い集めて、塩使いの術にあれやこれやの実験を繰り返した。その実験は塩の再加工の作り直しにまで及んだのです。いかに不味い尖った味の塩を料理に使えるような形態と味の塩に再加工するか。その絶妙の差で塩の本質の違いを実証してみせようとやっきになった。私は確信を持った。塩の差で全ての料理、発酵食の味や質が変わるのだと。あの記事は軽薄、早計の極みだと。
朝日新聞から、丁寧な返答があった。同様に抗議文を入れた粟国の塩には何の返答もないというのに。長い電話だった。それなりの誠意を感じた。文責者としては当然、この様な批判を覚悟の上に、ミネラル豊富って何? みたいな健康指向とは全く別の視点から、客観的商業的視点からだけ記事を編み、問題提起してみたかったのだと言う。論点が違うが、理解できた。勉強になった。おかげで今がある。頭にくる敵も肥やしかもしれない。
イラスト・ますだとみえ)


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