26






正月を過ぎて、二月に入ると寒さのピークがやってくる。日は段々と長くなり、梅の花もちらほらとほころび始めるというのに寒い。何だか雪も、二月が一番多いような気がしてならない。もちろん、東京での話である。

こうした寒い日には、何と申しても鍋料理に勝るものはない。我が家でよくやる鍋のベストファイブをご紹介してみよう。

第一位 豚肉のしゃぶしゃぶ。これは、奥方が向田邦子さんに教わったもので、昆布だしにたっぷりと上等な日本酒を入れる。煮立ったところに、ほうれん草をひと掴み入れ豚肉を乗せる。豚肉に火が通ったところで、ほうれん草と豚肉をポン酢で味わう。あっさりとしているから、いくらでも食べられる鍋だ。我が家では、向田鍋と呼ばせて頂いている。

第二位 ラム肉の刷羊肉(サオヤンロウ)。これは、父が大陸を放浪していた時に覚えてきた料理で、ラムの薄切り肉をしゃぶしゃぶのようにして味わう。もっとも、これがしゃぶしゃぶの原点で、羊を嫌う日本人が牛肉にアレンジしてしまったものである。しかし、付けるタレを工夫すれば、羊肉はあっさりとしているから、牛の数倍は旨いと僕は思っている。ピーナッツやクルミといった木の実を五、六種類ミキサーで粉にし、リンゴ、タマネギ、ニンニク、醤油、酒を加えとろとろと煮込む、弱火で時間をかけペースト状に仕上げ、これにしゃぶしゃぶ肉を浸して味わう。薬味に、ネギ、大根おろし、香菜をあしらい堪能する。体の芯から温まる、アジアの代表的な鍋料理ではあるまいか。

第三位 やはり湯豆腐が、我が家でも定番メニューの上位をしめる。何の変哲もない料理だが、しみじみとおいしい。父は、毎朝湯豆腐を食べていたのだが、息子の僕としては正直うんざりとしていた。

「何で、毎日豆腐ばかり好んで食べるのだろう。他においしいものは沢山あるのに」と思っていたのだが、数年前から父の嗜好の様が、何となく理解出来るようになって来た。最近では、朝食は湯豆腐がよいのではないかと、僕も想うようになって来た。

ともあれ、家のすぐそばに素晴らしい豆腐屋さんがある。昭和の初期に創業した店で、現在の主は三代目となるのだが、意欲的でいい意味での野心もある好青年だ。数年前に、藻塩を使った豆腐を始めたのだが、これが優しい味で、湯豆腐や奴にいい。現在でも、深く掘り下げた井戸水を使うという、こだわりの豆腐屋だ。


Kubota Tamami


残念ながら、我が家には井戸はない。ミネラルウォーターを使って、利尻か羅臼の三年寝かせた昆布を鍋に敷く。湯が沸く寸前に昆布を引き、豆腐を静かに入れる。豆腐の芯が熱くならない程度に火を通し、土佐の枯れ本節を削って醤油に落としショウガの絞り汁を加えて蕎麦猪口の中に入れ、これを鍋の中心に据えて置く。このタレに豆腐を浸して味わうのである。

豆腐の他の具は、ネギか青菜。たまさかタラの切り身を入れたりすることもあるが、湯豆腐はシンプルな方が飽きが来なくていい。

第四位 スキヤキちゃんこ。友人である東関親方(元高見山)が未だ現役の頃、高砂部屋でご馳走になって以来、我が家に定着したチャンコ鍋。普通、スキヤキというと、割り下を使うか砂糖を鍋に敷いて、肉を乗せた上に醤油を絡めてこってりとした味を出す。だがこれは、先ず鍋に出汁をたっぷりと張り、そこに肉や野菜を加え、通常のスキヤキ風に、醤油、酒、砂糖で味を整える。

ちょっと変わっているところは、具に油揚げやニラを入れることであろう。普通のスキヤキよりあっさりしているから、いくらでも入る。ご飯にかけて食べても、かなりいける。この辺りが、いかにもお相撲さんがアレンジしたスキヤキという感じ。このサッパリ感が、女房殿のお気に入りで、スキヤキというと、何故かこのチャンコになるのが常である。

第五位 かなり頻繁に魚を用いたチリをするが、何と申しても極めつけはアラ鍋だ。地方によっては、クエ鍋ともいうが、スズキ目ハタ科の巨大魚である。十一月の九州場所には、お相撲さんが好んで食べるから、アラの値は急騰する。キロ一万位だから、三十キロあれば三十万ということになる。とにかく、魚の王様で刺身も旨い。極めてオーソドックスなスタイルで、ポン酢で味わう。だが、東京では滅多に手に入らないから、九州から買って帰る。
適当に順位を記したが、本当に適当だ。とにかく、冬の寒さを凌ぐ為の鍋で、どれを食べても温温と暖まることだけは間違いない。


Copyright (C) 2002-2003 idea.co. All rights reserved.