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味噌向上委員会という、ちょっと変わった名前の組織がある。この会は、味噌の生産者が支える団体なのであろうが、ユニークな名前なので、何となく興味を抱いてしまったのである。そしてこの会の方に、毎年一回、全国味噌鑑評会なるものが開かれることを知った。日本中の味噌作りに携わる方々の参加を呼びかけ、農林水産大臣賞等の賞を制定し、優秀な味噌を作られた方を表彰するという趣向だ。

僕は、味噌を毎日食べているというだけで、味噌作りとは何も関係ないのだが、この会のパーティーに参加することが出来れば、必ずやおいしい味噌に出会えるだろうという、甚だよこしまな動機だけで、首尾よくパーティーに潜り込んだ。果たして僕の予想した通り、会場には大臣賞の栄誉を受けた、米味噌、麦味噌、大豆味噌等のおいしい味噌がずらりと並んでいた。しかも、賞をいただいたそれぞれの味噌を、ホテルのシェフが工夫をした料理もずらりと並んでいた。

我が家では、通常は米麹で熟成をした仙台の赤味噌を使っている。時たまではあるが、九州の麦味噌も味わうが、どちらかというと甘めなので敬遠しがちかも知れない。しかし、合わせ味噌やアサリの味噌汁等には用いたりはしている。あまり馴染みのないものは、名古屋地方で多用されている八丁味噌である。

ところが、賞を取っていた味噌の中に豆味噌というのがあった。味わってみると、これが大変においしいのである。国産の丸大豆と塩のみを素材にして、昔ながらの製法で味噌を仕込んでいるという。

「いやー、おいしい味噌ですねー。これは、どの辺りで作られているんですか」

僕は、その旨さに驚き、思わず聞いてしまった。何だか、昔食べていた味噌のような気がしたのである。

「これは、愛知県の豊田市です。傾向としては、八丁味噌の類いですね」

エッ八丁味噌、と内心仰天したものだ。ペロペロ舐めて余りのおいしさに、持ち合わせていた固定概念は脆くも崩れ落ちた。こんなことを言ってはいけないが、そこいらで売られている八丁味噌とは余りにも違うのだ。まさに、目から鱗状態であった。



Kubota Tamami


そこで、好奇心を満たすべく、本当に昔ながらの味噌作りをされているという味噌屋さんを訪ねることにした。場所は愛知県の知多半島武豊町。かつて訪れた、ミツカン酢の工場のある半田のお隣だ。

黒塀に囲まれた、千坪はあろうという味噌蔵に案内され、古い杉の樽の大きさにビックリ。八尺樽といって、高さが二メートルは優に超えていた。梯子を架けて頂き樽を覗く、何だか漬け物石のような重石が石畳のように敷き詰められている。

国産の大豆を丁寧に蒸かし、これをミキサーのような機械で味噌玉にする。大豆麹を香煎(麦焦がし)で増量し、これを味噌玉にまぶして麹室(麹むろ)で約三日寝かす。

味噌玉が発酵し熱を持つから、空気を送る為に優しく撹拌を二回くり返した後、樽に移し塩水を注ぐ。これで重石をし、夏を三回過ごすと豆味噌の完成。蔵の中に浮遊する独特の酵母が、味噌の育成を見守って呉れているそうだ。

やや渋みのある濃厚な味だが、意外な程にサラッとして後味がよい。僕はすっかりこの味噌の虜になってしまった。もう一つ、もっと驚いたのは殆ど大豆と塩だけで作る溜り。味噌作りとほぼ工程は同じだが、塩水の量が多いそうだ。同じような工程で仕込み、一夏を越えると溜り汁は琥珀色になる。豆腐にかけて味わったのだが、この醤油だと薬味が要らない。ピュアーな大豆の香りとコクが、口一杯に拡がり何とも幸せな気分になって来る。この仕事、勿論作り手の努力もあるだろうが、味噌蔵の妖精の仕事のような気がするのだ。


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