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今年の春は例年に比べると、かなり暖かい感じがした。それが作用したものか、植木屋さんの手入れがよかったのか、玄関の入り口の梅の木が見事な花を咲かせた。我が家に来てからかれこれ五十年は経っているだろう、先代の植木屋が運んで植えた時から相当な太さであったから、優に百年は超えているだろうという古木である。

この梅の木、毎年三升程度の実を付けて呉れるのだが、消毒ということは一切しないから、実る頃になると黒い胡麻粒のような斑点が出来たりで、余り食用にはならないものであった。が、過去に数回、きれいなものだけを収穫し、三十五度の焼酎に梅の実とほぼ同量の氷砂糖と漬け込んだら、忘れた頃にかなりおいしい梅酒となっていた。

さりとて、余り梅酒を好まないので、梅の実が熟れた頃に気が付けば漬けるという、非常に曖昧な扱いをし続けている。だが、一昨年の夏に、梅の木の周りの雑木の枝払いをしっかりと施してもらい、更に昨年の秋口に梅の剪定をきちんとして貰った。これが、見事な花を咲かせた大きな要因ではなかろうか。

数日前に梅の木をつぶさに見ていたら、かなりの数の梅の実がなっていることを確認した。本来なら、この時点で少し消毒をしたり、もう少し実が大きくなったところで摘果してやると、それはそれは見事な梅が育つに違いない。が、消毒だけはする気にならないし、摘果する方法も知らないし気力もない。それでも、今年は数が多そうだから、ひとつ梅干しに漬け込んでみようと目論んでいる。



Kubota Tamami


我が家では、毎年女房殿が南高梅を仕入れて、十キロばかり漬け込んでいる。梅の実十キロに対し約十五〜二十パーセントの塩(その時の気温に応じて増減)を施すのだが、僕は石蔵の塩という名のフィリピン製の天日干しの塩を使って、梅の実の倍の重石をして静かに寝かせる。水分が上がって来たところで重石を軽くし、紫蘇の葉が市場に出回るのを待つ。一度、この紫蘇の葉を買い忘れた女房殿に泣かれ、仙台に紫蘇を買いに行ったことがあった。梅を漬けようという方、呉々も紫蘇の葉の調達をお忘れなく。

梅雨が明ける頃になると紫蘇の葉も出回るだろう。十キロの梅だったら、一キロ程度の紫蘇の量でよいと思う。丁寧に葉を枝から落とし水洗いをして、しっかり水切りをした後塩揉みをして、これを梅と共に漬け置く。この時点で、紫蘇の葉を漬け込む前の梅から出たエキスが白梅酢。煮物などに利用したり、酢の物に用いたりするとかなり高級。

土用晴れが続く頃を見計らって、梅の実と紫蘇の葉を三日三晩土用干しする。といったって、干しっぱなしではない。梅を保存してある器から取り出し、土用の太陽の許に大ざるの上に一つ一つ並べて行くのだ。紫蘇の葉はしっかり絞り、これもよく拡げて太陽に晒す。夕方日が落ちて来たら取り入れ、再び漬かっていた容器に戻す。この作業を、三日続ける訳だ。勿論、雨に当ててはオジャンになってしまうから御用心。

これが終わると梅干し漬けの作業は、無事終了。紫蘇の葉の見事な程の赤い色に染まった梅酢は、別な壜に取って置くと、キャベツを茹でたりした後にかけて食べたり、キュウリやワカメの和え物に用いると大変においしい。完成した梅干しは、梅酢に漬けたままでもよいし、紫蘇の葉を少し残して水分を取り去って保存してもよい。

紫蘇の葉はもう一度干して、鍋で空煎りをして擂り鉢で当たると、ゆかりになる。ご飯にまぶしてもいいし、お握りにも最適だ。とにかく、市販の梅干しとは違う喜びが、自家製の梅干しにはある。これが、自分で育てた梅の木なら、なお一層のことなのだろうが、我が家の梅は自分で育つのであった。


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