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おとそ気分も抜けたか抜けぬかの一月。ぴりりと本格的に冷え込む季節には麹作りを行います。麹菌は寒い季節に元気いっぱい活動する菌だからです。心地好い気候の春になるとバトンタッチで酵母菌たちが、そして暑い季節には乳酸菌や納豆菌が活力旺盛になります。菌にも季節によって循環する生態系があります。

麹作りの部屋は酒臭くなる。忘年会だの新年会だので酒気が抜けぬ自分が酒臭いのか、それとも発酵中の麹が酒臭い息を吐いているのか……? まあ、どっちもどっちのよい勝負の匂いなのではありますが。ともかく麹作りは酒臭い。
麹は赤ちゃんを育てるように静かにあやして育てますとは、プロの麹屋さんが教えてくれた一言。
年末年始のドタバタを抜けて、スローな気分になっている時がちょうどよい作り時でもあるのです。確かに、忙しく追いかけられる時に作って成功した試しはなかった。以前は種麹(菌)を購入し、蒸した穀物(米、麦、雑穀など)に種付けするところから作っていました。これは種から植物を育てるようでワクワクする楽しい作業でした。でも、時間がかかる上、失敗する可能性も多分に秘めた作業でもありました。あるとき、文献で共麹という言葉を見つけました。「できあがった麹を少し残しておき、それを次の麹作りの種にする」という説明があるだけ。そして以降、麹作りはいとも簡単になりました。
共麹作りは市販の麹一割ほどを蒸した米なり麦なりに混ぜ込み、一日中三〇度を上回るくらいの温度で保温しておくと麹の菌が全体にまわって完成する。保温と同時に保湿も大事。こたつの中などは乾燥しすぎてダメなんです。麹ってカビなんです。こたつを一日つけておいても、こたつの中にカビなんて普通生えませんでしょう? 金網のやぐらを二、三段に組み、下に熱源(アロマティキャンドルなど)、その上に湯を入れた鍋をのせ、その上の段に保温したいものを置いて、断熱シートで覆う。キャンドルの数で温度は調節できます。火災防止のため横の一面だけは厚手のビニールシートにして中が常時見えるようにしておく。保温保湿とも完璧で、共麹ができあがります。
味噌や漬け物など寒仕込みの保存食になくてはならない麹。日本の伝統食はいかにこの麹という地味な食材に支えられていることか。

味噌や漬け物などは塩も表舞台に立つ作業です。そして迎えうつのは麹。麹の菌というものは、とある加塩量からは生活力を抑制しだす性質を持っています。発酵を促進する麹、そして、その活動を抑制しようとする塩。この相反する両者お互いの抑制力の掛け合いが実はおいしい発酵食を生み出しています。
できあがった麹に塩を混ぜ込むのが「塩切り麹」。麹は塩を混ぜ込まれることで、その発酵力を抑制し、過剰な醸しの暴走を抑えます。麹の力が大きすぎる味噌や漬け物は発酵にも腐敗にも傾きやすいのです。塩力と麹力がそこそこにうまくバランスを取ってくれていると、大豆も嬉しいらしく機嫌良くおいしい味噌になってくれる。しかし、塩が少なすぎても、腐敗に傾きやすくなる。
ところで、相反する力の駆け引きで同居する麹と塩。この両者は互いに強く助け合ってもいるのです。麹の生活力に潜む腐敗を抑えてくれるのも、そして正常な発酵に導いてくれるのも塩なのです。そして塩は必ず海そのもののミネラルバランスを備えた塩でなければいけない。塩化ナトリウムとしての純度の高い物質(ここでは塩とは呼ばないが、一般的にはこれも塩であるらしい)は、発酵を抑えると同時に腐敗を招く。同じ塩と呼ばれるものでも、さまざまな発酵食作りを試作実験しつづける上で、まったく別の作用を持つ物質であることを私はいやになるほど思い知っている。
本物の塩は発酵を助けると同時に腐敗を防ぐ。塩化ナトリウムだけでは発酵を抑制すると同時に、腐敗を招く。同じ「塩」でも何たる違いか。塩化ナトリウムではまともな味噌や漬け物などの発酵食を作れない。私は体験的に身に染みている。

このような力を持つ塩に拮抗させるべく、丹精込めて麹も手作りする。塩だけよくてもダメなのよ。ほかのものも魂込めなければ。手作りの麹の質が良いとは言わない。純度と衛生面では市販麹が良いに決まっている。でも、自家製ならば生活環境のありのままの雑多な常在菌も生息しているのです。バイ菌と呼ばれてもいい。実は個々人別々のその常在菌の生態系があなたを護ってくれているのです。この菌たちの生態系の暴走を抑えるのも塩、助けるのも塩、塩は主役ではないけれど、主役を生かす名脇役です。どのような物質でも単独ではその存在価値は発揮できず、ほかの物質と相互的に作用しあって本来の力を発揮して生かしあっているのです。
まるで、人間同士みたいだよね。
イラスト・ますだとみえ)


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