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テレビの力というものには、計り知れない恐ろしさがある。数カ月前にNHKの放送で寒天とか心太(ところてん)は体によいという放送をしたところ、都内の小売店から棒になった寒天の姿が消えてしまったという。愛する女房殿が、糖尿予備軍かつ脂肪肝である僕の為に寒天を買いに走ったところ、どこに行っても売り切れだそうで、手に入れるのには来年の春まで待たねばならぬとか……。

寒天が何によいのかというと、糖尿病、高血圧、肥満、高脂血症などを改善し、更に食物繊維の塊みたいなものだから、便秘がちの方にもお薦めなんだそうである。ま、便秘に関しては、僕は食べたら直ぐに催してしまう心太式の内臓を持っているので、そう心配はない。しかし、糖尿病はあなどれない。僕の場合、根が臆病だから、毎日のウォーキングと人参ジュースと低カロリーメニューを約八ヶ月続けて、体重は約十二キロ落とし血糖値も八十台になり、ヘモグロビンA1Cという難しい数値も六・五以下になり、主治医の先生に正常ですと宣言された。

が、油断というのか、はたまた安心し切ってしまったものか、夏の猛暑にいささかめげてしまい、散歩のペースがやや緩んでしまった。同時に、朝の食事の際に少しならよいだろうとライ麦系のおいしいパンを食べ始めたのがいけなかった。いつの間にか体重が一キロ近く増えているではないか。そんなことを、女房殿にポロッと漏らしたところ、寒天を買いに走る騒ぎとなったのである。

Kubota Tamami

もともと寒天とは、寒い地方で棒状の心太を屋外に捨てたか放置したところ、春になって妙な白いものがあるのに気がつき、試しに水に戻してみたら元の状態になって、ほとんど内容も変わらなかったとか。以来、心太を寒天と命名し保存食として世に出したのである。この寒天や心太の原料は、言わずと知れた天草(テングサ)。日本列島のほとんどの海岸で取れる海草である。似たような仲間に、エゴとかイゴと呼ばれる海草もあり、これもイゴ練りとかオキュウトと呼ばれ、一部の地方では惣菜として現在も食卓にのぼっている。

棒寒天は都内の店先から消えてしまったようだが、どうやら心太なら売っているらしい。王子に古くからあるという心太屋さんを女房殿が探し当て、一本八千円近くする押し出し装置と共に心太の塊を買って来た。押し出し器に心太を挿入しガラスの器に突き出すと、ぐにゅぐにゅっとした感じで三ミリ角くらいのゼラチン質のものが押し出される。これに、下ろしショウガと酢三、醤油一くらいの二杯酢をかけて味わう。薬味に、刻みネギ、かつお節、擂りゴマをトッピングすると更に味わい深くなる。また、黒砂糖を水で溶いて煮詰めた黒蜜をかけると、完全にデザート感覚になる。心太を押し出さずに、包丁で賽の目に切り黒豆を混ぜ黒蜜をかけたのが、蜜豆。最近は余り食べなくなってしまったが……。

棒寒天が消えてしまったので、粉寒天とか寒天の素といった液体のものでしばし心太を作っていたのだが、先日西伊豆の土肥に行ったら、何と寒天の原料の天草は山積みして売られていた。やはり値段の方は値上がりしたらしいが、それでも百グラムで三百五十円。これで、二十人分くらいは出来るのだから、高くはない。で、その作り方は、天草五十グラムを二・五リットルの水で約四十分中火で煮込み、これを布で漉しバットのような平らな容器に入れ冷やすと、簡単に固まってくれる。これを、道具を使って押し出したのが心太。

心太の語源は、“こころぶと”と言っていたのが“こころてい”になり、いつしか“ところてん”になったとか。何はともあれ、体に優しいほのぼのとしたおいしさの、典型的な日本の食べものである。現在、朝晩の二回、黒酢をたっぷりとかけ、おいしく味わっている。


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