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いよいよ、鍋の季節と相成った。僕の場合、寒さが募る毎に十日に一回だった鍋の日が、週一になりそしてまた三日に一度くらいの割合となる。鍋の内容だが、魚のチリであったり豚シャブであったり寄せ鍋であったりと、その日の材料と気分で臨機応変に対応している。が、寄せ鍋や肉類を使った場合、つまり濃厚なスープが残る鍋を味わった後には、グリエールチーズ、エメンタールチーズ、ロックフォールチーズ(ブルーチーズ)を加え、ご飯と共にさらっと煮て味わう。言ってみれば雑炊なんだけれど、チーズを用いることにより、イタリアのリゾット感覚でもあり、スイスのチーズフォンデューのようでもあり、おじやのテーストはしっかり残してあるという、ちょいと御自慢の鍋料理の総仕上げなのである。

だが、残念なことに、これらのチーズ全てを輸入ものに頼らざるを得ない。となると、地方を旅した時などは肝心のチーズが手に入らないから、得意のパフォーマンスが出来ないのである。どうしてパフォーマンスが必要かと申し上げると、チーズを鍋の仕上げに用いることのヒントは、往年の大作家であった坂口安吾先生の安吾鍋から頂いた。安吾鍋というのは、何でもかんでも周りにある食材を全てぶち込んでしまうという、言ってみれば無謀なとこもあるが、その反面まことに贅沢極まりない鍋でもあった。

Kubota Tamami

御承知の通り、安吾先生はかなり破天荒な、日本を代表する無頼派の作家である。酒は勿論のこと、常日頃からヒロポン(覚醒剤)と睡眠薬を常用(第二次対戦中から戦後にかけては、ヒロポンは合法的に市販されていた)なさっていた方だから、半ば半狂乱だったことは否定出来ない。昭和二十六年頃、安吾先生は数カ月我が家に寄宿されていた。この時ちらりと垣間見たのだが、大量の原稿を書き上げる為にヒロポンを打ち、今度は眠れなくなるから大量の睡眠薬を服用なさる。普通の人だったら薬を飲む際、多分水で飲まれるだろう。ところが、安吾先生は掌に山盛りの睡眠薬を口に放り込み、ウイスキーで嚥下するのである。

ま、そんな安吾さんが作る鍋であるからして、常識では考えられるものではなかった。とにかく、手当りしだい、牛肉、豚、鶏、魚、野菜の数々、高価なチーズ(当時は、一般の人は中々手に入れることは出来なかったらしい)、味噌、醤油、そして日本酒やワイン等々……。考えようによっては、闇鍋のような危険な鍋だったのかも知れないが、それを食べた編集者は、かなりおいしかったと言っていた。が、本当なのだろうか。僕の推察では、その編集者もヒロポン中毒だったのではないかと疑っている。

ともあれ、大量の食材を上手に用いれば、確かに旨い鍋になったかも知れない。取り分けチーズに関しては、いい出汁が滲み出たスープに、ほどよく混ぜればこれは素晴らしい味わいとなる。実はこの僕、安吾さんが使ったと思われる食材を推理し、仮想安吾鍋を再現したのだが、実に旨かった。だが、莫大な経費がかかるから、おいそれとは出来ない。しかし、普通の鍋の後に前述したチーズを賽の目に切り、グリエール二、エメンタール二、ロックフォール一の割り合いでおじやにすると、かなりおいしい鍋となる。

という次第で、輸入品でも国産品でもよいのだが、色とりどりのおいしいチーズが、日本中どこに行っても簡単に手に入るくらい、定着して欲しいと乞い願うのである。



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