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約五十年棲みなれた家を、道路拡張という名目で明け渡さなければならぬかも知れない。この五十年の間に、七、八年の間は家を出て他所に暮らしたこともあった。が、どこで暮らしても、現在の環境に勝るところは無かっただろう。

この土地は父がいたく気にいって、地主から借り受け改築に改築を重ね暮らしていた。そして、父の没後に四苦八苦をして、何とか土地を地主から買い取った。東京都の西の端ではあるが、緑豊かないい場所であり、かなり快適に暮らしている。

ところが最近になって、昭和二十二年に計画されたという補助一三二号線という道路計画が、またぞろ再燃し始めたのである。この計画が実行されると、我が家の八十五パーセントは呑み込まれてしまうことになる。樹齢百五十年は経っているだろう十数本の木々を見殺しにして、どこか新天地を求めねばならぬことになる。

現在六十一歳、土地問題がこじれたとして、十年後の移住はかなりしんどいだろう。だが、今なら何とかなるような気がする。女房殿と話し合った結果、土地問題はさておいて、 銀行から借金をしてでも終の棲み家を確保しておこう、ということに相成った。しかし、大それた家を構える気持ちはさらさらない。夫婦二人と、かなり頻繁に訪れてくれるだろう客人が快適に過ごせる家がいい。


Kubota Tamami


となると、ちまちまとした小部屋は必要ない。台所を中心にしたやや広い空間と、客が泊まる部屋に夫婦の寝室があればよい。俗にいう、2LDKというものかも知れない。ただし、台所を中心にした部屋は、かなりの広さにしたい。工夫すれば三十人くらいが食事を出来る空間にしたいからだ。しかも、僕と女房殿が机に向かって仕事が出来る場所もとりたい。

恐らく、長方形の箱を作り、その真ん中にアイランドキッチンがあり、左右のどちらかがダイニングテーブル、他のスペースが寛げるスペースになるに違いない。その左右のスペースの隅に夫婦のデスクを設ける。出来るだけものは置かずに、掃除のし易い部屋にしたい。屋根には太陽熱発電機をとりつけ、その電力で湯を湧かし床暖房にしたいと願う。庭も、なるべく陽が当たるようにして、片隅には働き易い菜園を作りたい。 自給自足と言う訳には行かないだろうが、味噌汁の具とかお浸しやサラダくらいは、自分の菜園で賄いたいものだ。

と、理想というのか妄想は尽きることがない。多分、設計を依頼する建築家とは、かなりの喧嘩をすることになるだろう。で、どんなことで争いが起きるかと妄想を巡らすと、先ず台所の配置が問題になるだろう。僕は、最後の楽しみとして、プロが使うような厨房器機を備えたいし、カウンターだってちょっとしたレストランには負けないものにしたい。さりとて、見た目は本当のレストランのようにはしたくない。客が来てしばらく経ってから、実はこの台所凄いんだぜー、と言うようにしたいのだ。

しかも、これから先は好きな料理をとことん楽しみたいし、料理教室的なこともやってみたい。となると、キッチンスタジオとしても機能しなくてはならないだろうから、そのあたりのデテールの解釈での葛藤があるのだろう。

ともあれ、この歳になって、新たなる夢が持てるのだから、こんなにいいことはない。もう一つ夢としては、海の近くに住み、小舟を駆って日長一日釣りをして、 その釣果を食卓に盛り込みたいというのがある。こんな理想の暮らし、本当に実現出来るのだろうか。いや、是が非でも実現しなければならない。それが、終の棲み家なのだから…。


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