店主敬白・其ノ拾四


今年の年初から、牛舌の値段がじりじり上がりだしてきた。桜が咲く頃になったら、和牛も輸入牛もヒレやサーロインの値段より高くなるという異常現象を呈した。それが、未だに値上がりしている。

主な原因は、アメリカ産の牛肉が入らない為だろうが、それにしても異常である。確か、新聞に、アメリカ人はあまり牛舌を食べないから、日本は大切な牛舌の輸出先である、というような事が掲載されていたから、アメリカ産が入らない為というのは、事実であるだろう。
しかし、業界では、買占めがある等の風評もたっていて、私には、本当の原因はわからない。そこで、牛肉卸会社の社長にお会いした時にその事を聞いてみたら、とにかく絶対量が足りないと言う。値上がりはその為だと言う。

そして彼は、「だいたい日本人は、牛舌を食べ過ぎるのですよ。こんなに牛舌を食べるのは日本人だけではないのかな。牛には、美味しい肉の部位がたくさんあるのに」と言う。この言葉に私は少々抵抗感を感じた。というのも、私も焼肉屋へ行けば、牛舌は必ず選ぶ一品だからである。おいしい物を食べるなというのも、ちょっと酷な話である。だからと言っても、一人前五千円の牛舌を食べるのもどうかと思う。

その社長はさらに、「日本人は、なにか流行りだと言うと、先ずテレビで盛んに取材する。すると猫も杓子もそれに走ってしまう。日本人の良いところで悪いところだ」と言う。そう言われればそうである。日本人は、流行に弱いし、飽きるのも早い。

だいぶ前だが、ナタデココというデザートが流行った。これはテレビのリポート番組で見たのだが、多くの商社がフィリピンにナタデココを買い付けに来た。フィリピンの農民は、作れば作るだけ売れるので、他の作物の畑も潰してココヤシを植えつけ、多くの発酵工場も造った。そしたら、次の年は誰も買いに来ないという事での取材番組であった。日本のナタデココブームは終わったのである。

赤ワインブームの時もそうであった。以前からワインを一生懸命売ってきた我々には励みのついたブームであったが、当時は品が薄くなって困ったものだった。唯、ワイン大国のフランスやイタリア産以外のワインも売れる様になって、それなりの功績もあったが、やはり、なんだったのだろうという実感は残った。

今は、芋焼酎のブームの最中にある。だいぶ前から、私は、焼酎は芋が一番、味もそっけもないような焼酎はつまらないと言っていたのだが、ついにその芋が、ここ一〜二年流行ってきた。もちろん他の焼酎もここ何年かブームであるが、やはり来る所まで来た。四合瓶二〜三千円の焼酎が、プレミア物は一万円以上で取り引きされている。

思えば、相当前の話だが、私が日本酒の地酒に目をつけ、色々な資料のもとに二十九種の銘酒を集めた。もちろん私も試飲してリストアップしたもので、これをレストランで大々的に売り出した。当時は、今の様に美味しい地酒に溢れていなかったが、その中でとりわけ新潟の「越の寒梅」は秀逸であった。

良い物は良いと言う事で、この酒の人気はメキメキ上昇して、なかなか手に入らなくなった。そこで、私は月に一度新潟に「越の寒梅」を仕入れに行くようになった。それでも手に入らなくなって、惚れた弱味もあって、一升千八百円の酒を一万円のプレミア付きで買うはめになった。もちろん、原価一〇〇%で売っていたのだが、そのうち、他の地酒にも人気銘柄が出て、人気が分散されて、プレミア付きもなくなった。その後、何回かの地酒ブームがあって、地酒は飛躍的に質が向上した。

ナタデココのブームはあっという間に消えたが、日本人がデザートに注目するようになったのは事実で、やはり、色々なデザートが人気者として登場してくる様になった。デザート文化が花開いたわけである。赤ワインブームも今は静かであるが、値の高いフランス産だけでなく、南米産、オーストラリア産等、安いワインを気軽に飲む風習が日本でも定着した。

さて、牛舌はブームであるのか……。ただ、関係者は地道に販売を開拓してきた。それが花開いたら品不足。これもブームとも言えるだろう。そこであるが、日本人の飽きっぽい性格をもって、ここは上手に乗り切ってしまえば、市場は安定するだろうし、次なる牛の部位にも注目が行くだろうし、新しい牛舌の食べ方も開発されるだろう。飲食の発展も試練を経る事によって、常に向上するもので、今でなく、先を見ると進歩や発展が待っているという楽しい世界なのである。


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