店主敬白・其ノ弐拾







ある時、各店の幹部が私のところに来て「今後、グラスや食器の仕入れは自分達に任せてもらえないだろうか」と言ってきた。

彼等の言い分は、私が買って来るグラスや食器は、レストランで使用するには高すぎる。店が忙しければ、どうしても一定数自然消耗するし、ちょっとした不注意で篭ごと落したりすれば一度に十や二十個も割ってしまう事もあり、店の負担も大きいとの事であった。私も、それはそうだと快諾した。と言うのも、実は私も気にしていた事でもあったからである。そもそも、食器やグラスの消耗をいかに防ぐかという事は、開業当初から私の課題であった。

私が最初に考えたのは、先ず割れない器を作ろうという事であった。それには陶器の器を全部「木」で作ってしまうという事だった。もちろん木で器を作る人はいる。漆器の器の木地を作る人達である。でもこの様な仕事の職人の料金は高い。そこで建築の木工部品を作る人達に相談したら、くり屋といって、建築用の飾り物等を作る人がいると言う。ロクロのように回して、何でも削り出してしまうと言う。皿は作れるだろうかと聞いたら、丸い物なら何でも簡単に作れると言う。そこで、何種類かの皿や小丼等の見本を持っていき作ってもらったら、本当に簡単に作ってもらえた。

これはいけると思い、材料は全てチーク材にして、全ての器を丸い物で考え、何種類もの器を作って、器は全て木というレストランにしてしまった。珍しさで評判にもなったが、とにかく割れない器で助かった。それでも、物珍しい間は良かったが、やがて、全て丸い器というのに私自身が飽きてしまった。また、チーク材の茶色が、料理を引き立たせない場面もあり、当時、だんだんと私の悩みになってきた。

そんな折、ある店舗設計者がちょっと落とした位では割れない磁器の器があると教えてくれた。四国・愛媛県の砥部町のとある窯で作る器だと言う。早速、そこを訪ねてみた。なかなか大きな製陶所であった。窯の人が言うには、確かに自分のところの器は強い磁器である。砥部というだけあって「伊予砥」という砥石の産地である為、砥石屑を材料に使用している等で強い器が出来ると言う。特に木型に粘土を入れ、布の上から木槌で叩いた物等は、それは強くて割れづらいと言う。ただし、食器は得意でないとも言う。碍子や工業用器、庭園用の椅子、置物、花瓶、水磐等、なんでも作るが、食器は簡単な物しか作らないと言う。とにかく、デザインが出来ないからあまり得意ではないと言う。しかし、私の見たところ、白磁・青磁とも言えない独特の白い肌に、肉厚であるがマット感のある堅焼の磁器には素晴しいものがある。また、鉄粉のゴマや呉須の染付も深味があって、ほれぼれする。

まさに、これだとひらめいて、とにかく食器を作ってもらいたいとお願いした。デザインは私の方で全部やりますから、是非やってもらいたいと。そして、なんとか、そちらのデザイン通りにやってみましょうという事になった。

そこで、東京に帰って直ぐに器のデザインにとりかかった。モデルにと思い、京物の器を集めてみたが、京物は生地が薄いが、砥部は厚い。ただ京物をまねても器にならない。それでは私なりにデザインしようと思って、毎日器とにらめっこになった。そこで気がついたのは実用を追究するという事であった。

例えば、ご飯茶碗は手のひらのフィット感、これがとても大切である。また、茶碗の角度、これも重要であった。丸みのあるものはだめである、といって直線でもだめ、直線に近い放物線というか、箸ですいすいかきこめる角度がある。これが、お茶漬用茶碗になるとほとんど直線が良い。汁とご飯をうまく箸で口にもっていける。雑炊碗になるとかなり丸味が必要である。レンゲに汁とご飯が入ってしまう丸さがいる。そばチョコは左手に持った時、しっかりフィットし、そばが散らない様に角度を立てる。大きさも箸で一回でかき集めるのにちょうどいいものが良い。急須の口の角度は、お茶が裏に回らない角度がある。盃は唇に当たるところを少しつけると飲み易い。箸置きは洗いやすく扱いやすい様に、少し大きめにしっかりした物が良い。小鉢は、大鉢は、ふた物は等々。実用にあわせると、不思議な事に形が出来てしまう。

これを実物大の図面におとして、見本を作ってもらった。出来上がった製品は、大きさがまちまちであった。よく調べたら、粘土で作った形が製品になるまでちょうど一割縮むのである。そこで、粘土で作った時の図面と完成品の図面を送ってみたら、今度は完璧なものが出来上がった。

私なりの実用感からデザインしたが、製品の形は美しかった。今でもこれらの食器は少し残っているが、今見てもとても美しいものである。

(この話は、次号に続きます)



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