店主敬白・其ノ弐拾九







四年程前になるが、「来週、石垣島に一週間釣りに行くが週末に来ないか」と友人から誘われた。私は、沖縄本島や宮古島には良く行ったが、石垣島には行った事がなかったので「ぜひ、行きたい」と返事をした。週末の金・土・日曜日の二泊三日の予定で飛行機のチケットを予約した。友人に電話したら、石垣空港まで迎えに来てくれるとの事だった。当日、羽田空港でチェックインをしようとしたら、なんとその友人がいるのである。私は「まさか、羽田空港まで迎えに来たの」と聞いたら「そうではなく、釣り仲間が急に行けなくなったので、あなたと同じ飛行機のチケットをとった」とのことであった。

この日はあいにく天候が悪く、機内放送でも着陸不能の場合は那覇空港に引き返すと言っていた。二度目のアタックでなんとか着陸出来たが、着陸できるまでの機内の異常な静けさはなんとも言えない雰囲気であった。私が初めてという事でタクシーで島内見物をする事になった。このタクシーの運転手さんは植物が好きで石垣島の植物ならたいてい知っているとの事でいきなり植物ウォッチングになってしまった。運転手さんが言うには、石垣島は観葉植物の宝庫で東京の花屋で売っている観葉植物はほとんど自生している。大きいから見逃してしまうけど、よく見ると花屋等で見た事があるという植物が沢山あるとの事である。事実そうであった。植物ウォッチングは更に続いた。タクシーが有名な川平湾(かびらわん)に着いた時、その景色、そして海の色の美しさに息を飲んだ。

翌日は、良い天気で友人が船で島に行くという。私が石垣島の他にも島があるのかと聞くと、八重山諸島と言って大きな島でも八つある。島に行かなければ、石垣島に来た意味がないと言う。竹富島(たけとみじま)という島に行く事になった。船で十分の距離であったが、海の色の美しさは前日みた川平湾の比ではない。私はこの様な美しい色をした海を見た事がない。また、島の集落がすごい。昔のまんまの建物が残っており、その雰囲気に心は溶けていくようだった。また、サンゴの石垣越しにあちこちブーゲンビリアの花がピンクや赤、紫に繁っていて、おりからの日を透かせてそれは綺麗であった。

東京に帰ってこの旅を人に語ったら、西表島には行かなかったのかと聞かれた。行ってないと答えたら、西表島に行ったら「はまるよ」と言う。何が良いのかと聞いたら「植物」だと言う。この人は旅好きで世界中に出かける人だが、いつも象徴的な一言を言う。その一言でこちらも情景がわかったような気分になってしまう。おかげで、次の年も、その次の年も、そして今年も、西表島に来てしまった。西表島の良さは、川とマングローブの林と森林と海である。主役はやはり植物であった。ことに川に沿ったマングローブ帯は林も大きく奥も深く、この島でしか見られないものであった。

一年目は島の東部に行った。水牛の引く車で由布島に行ったり、仲間川のマングローブの樹林帯を船で見物したがこれは見応えのあるものである。この日も天気が良く、西表島から竹富島までの海の美しさは気持ちいい〜と叫びたくなる程であった。竹富島ではグラスボートでサンゴ見物をしたが、これもおすすめである。とにかくサンゴの色がカラフルで、青・紫・赤・黄と原色の世界を楽しめる。

二年目は、島の北西部に行った。今回の目的は、浦内川の上流の船着場からマリュウドの滝までのトレッキングと河口までのカヌー下りである。マリュウドの滝までは片道四十五分、往復一時間半で必ず戻って来てくれと言われたが、私はのんびりと景色を見たり、植物を見ながら楽しく歩いていたら途中マリュウドの滝まで二十分という看板があって、時計を見ると十分もペースが遅れている。片道四十五分というのは、景色など見物している暇もないかなり早歩きのペースである。あとは走る様に歩かなければならなかった。マリュウドの滝は、絵葉書の写真で見た限り、さらさらと流れている滝であったが、前日の夜に嵐のような大雨が降ったので、ダムが決壊した位の膨大な量の水が、落下するのでなく噴き出していた。それは豪快で、こんな滝は滅多に見られない。帰り道も急ぎ足である。その私の前をトカゲが横切った。私が「トカゲだ」と言うと後の人も覗き込んできた。その人が「これ、トカゲじゃない。カメレオン系の生き物でない?」と言ってきた。確かに、それは逃げずに落ちている木の枝につかまると緑色っぽい体色が枯枝色に変わってしまった。我々が全く気がつかないと思っているのか、微動だにせずじっとして擬態している。良く見ると足の形もトカゲとは違い四本の足で枝をつかんでいる。私にもカメレオン系の生き物に見えた。不思議なものを見た。一時間半でやっと戻った。
さて、いよいよカヌー下りである。 

(次項に続きます)



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