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昨年の十月に福井におろし蕎麦を食べに行って以来、おろし蕎麦にとり憑かれてしまっている。
土日の休みには勿論のこと、ウィークデーの昼食の八割方はおろし蕎麦。都内の有名な蕎麦屋さんを転々と巡り、好みの味を探し廻っているのだが、未だこれはと思うおろし蕎麦に巡り会ってはいない。考えてみたら、老舗の蕎麦屋はそうそう味を変えるわけには行かぬだろうから、東京では無理なのかも知れない。となると、おろし蕎麦を満喫するには、福井に行かないと駄目ということになってしまう。

通常ざる蕎麦を注文すると、徳利に蕎麦つゆが入って来る。出汁というのか蕎麦つゆと言ったらよいのだろうか、蕎麦猪口にタレを注ぎ蕎麦をさっと浸して味わう。大根おろしも、薬味皿に小匙一杯程度乗ってればよい方。おろしを注文しても、小鉢に大根おろしがやや多めに入っていて、それにタレと薬味を加えて蕎麦を浸して食する。

しかし、僕の求めているおろし蕎麦は、概念が異なる。ではどんなものかと言うと、三平皿のような器に蕎麦が盛ってあり、汁がたっぷりの大根おろしと、薬味のネギ、カツオ節が添えてある。あとは、味を整える醤油くらいだろうか。もしくは、何種類かの大根を下ろした後、その絞り汁だけをミックスし、それに生醤油だけを用いて味を調えたものを、タレとして使う。

言葉で説明するとややこしくなるが、極めてシンプル。讃岐あたりの、ぶっかけうどんと基本的な発想は同じ。打ちたての蕎麦を、いかに素朴に食べるかという狙いだろう。打ちたての麺を冷水に潜らせて締め、これを皿に盛る。本来ならば、これに醤油とネギとカツオ節だけをトッピングして食べれば、讃岐うどんと変わらない。が、これに大根おろしを加えるだけで、その味はがらりと変わるだろう。これが、福井のおろし蕎麦の原型。

Kubota Tamami

しかし、近年になって、長野産の辛味大根を導入し、従来の味に更に辛味を加えて味わいを深めて行ったようである。福井市内のいくつかの名店を訪ね、辛味大根入りの蕎麦を味わったが、各店各様それぞれオリジナルの味を醸し出していて、どこがよいとジャッジは出来ない。それぞれに完成されているから、後は客の好みで店を選べばよいのである。

という次第で、今日この頃は蕎麦屋巡りを一休みして、自宅でおろし蕎麦を楽しんでいる。とは申せ、蕎麦を打つまでには至ってはいない。蕎麦打ちの道具は、十数年前に全て取り揃えたのだが、一度やりだすとはまってしまいそうなので今は封印してある。だから、蕎麦に関して出来合いの麺を、あれやこれやと試している最中。今のところ、岩手県産の田舎蕎麦タイプが何となく気に入っている。

勿論、生蕎麦だから、その賞味期限は四、五日しかなく、買い置きは出来ない。小麦粉が二の蕎麦粉が八の割合の、俗に言う二八蕎麦である。これを、三分ほど茹で、冷水で締める。とりあえずざるに盛り、三平皿に好きな量だけ取り分ける。この蕎麦に、三浦大根と青首大根の下ろし汁を合わせたものをかける。僕の場合、醤油をかける前に、自家製の梅干しをちぎって混ぜる。これである程度の塩味をつける。更に、山芋を下ろしたものを乗せ、青ネギを刻んだものとカツオ節をトッピングしよく混ぜてから、醤油を少しだけかけて味わう。

まことに簡単な味わい方だし、準備にも時間はかからないが、その味たるや絶品。今のところ、週に最低三回は食べるほどのお気に入り。これが手打ち蕎麦であったなら、どれほどに旨いのであろうか……。



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