店主敬白・其ノ弐拾弐







最近、パンフレットやメニューのデザインで「会席と書くか、懐石と書くか」と聞かれると、「懐石と書いた方が良いのでは」と答える事が多くなりました。以前であったら、「会席と書くのが正式だよ」と言っていたのですが、どうも懐石と書いた方が高級感をもってとらえられているようです。(意味はむしろ逆なのですが)。昔から会席や懐石は業界用語の範疇で、一般の人にはあまりなじまない用語でした。現在のほうがよく目にする用語です。私がこの世界に入った頃は、年長の料理人はきちっと使い分けていましたが、若い人達はわりあい、いい加減でした。私はそういう混乱期にいたので、私自身よく混乱しました。当時は本膳料理や茶懐石料理で使う用語が会席料理にも引用されて、おしゃれ感を出そうとしていた名残がありました。

本来、懐石というのはお茶を飲む前に茶席で食べる料理で、軽く腹ごしらえしたもので、基本は一汁三菜を基本にしていました。この懐石料理というのも、最初は会席料理といっていたようです。それをユーモアにあふれた茶人が、お寺の修行僧が懐に温石という、温めた石をカイロ替りに使って寒さしのぎや空腹しのぎに使用していたのをもじって、「懐石」という造語をして、茶事の食事を懐石と呼ぶようになったと聞きました。温石というのは、僧侶の隠語で食事をも意味していたとも聞いています。僧侶の隠語は、酒は般若湯、赤身の魚の赤豆腐等が残っています。

ここで少し整理してみますと、日本料理は食べる為の料理と酒を飲む為の料理に分けられます。食べる為の料理の一つは、江戸時代に完成した本膳料理で、一の膳、二の膳、三の膳と量によって膳を増やしていきます。もう一つの食べる料理が懐石料理です。酒を飲む為の料理が会席料理で、これも二つあり、料理を一度に客の前に出す宴会料理と、一品ずつ料理を出してくる喰切料理があります。現在、高級料理屋が出す料理は、だいたいは喰切料理です。だから、本来ならば料理屋は懐石を茶事以外には作らないのです。ただし、茶懐石崩しというのはよくやっていました。私がこの世界に入った頃の先輩達の献立を見ると、その辺をしっかり解っていて献立しています。ちょっと古い献立を探して例を出してみます。料理の内容を別にして、項目を拾ってみました。半茶懐石料理というのは、茶懐石料理風仕立の会席料理ですよと言う意味で、崩しです。

「春の半茶懐石料理」 「春の喰切料理献立」
一、先附二品
一、向
一、吸物
一、煮物
一、焼物
一、合肴
一、八寸
一、揚物
一、強肴
一、食事
一、先附
一、前菜
一、吸物
一、造り
一、焚合せ
一、焼物
一、替り鉢
一、酢の物
一、止椀
一、食事

これはほんの一例ですが、各料理の項目も色々あります。口代り、合の物、凌ぎ、椀盛、前八寸、預け鉢、箸洗い、進め肴等々きりがありません。上記二種の献立を比べると、半茶懐石の献立には、懐石料理の臭いがあります。向(向付)、合肴、八寸、強肴等です。向付は茶会の食事の時、飯椀と汁椀の向側に置くから、向と言います。生魚と野菜を使ったもので鱠が使われます。近年は、煎り酒や酢醤油等をかけたりします。小皿に醤油を出すと刺身になってしまいます。合肴というのは、焼物も煮物もあるのにもう一品入れたい時など、ちょっと小粋に料理を入れ込むといった感じですか。茶事もだんだん贅沢になり、酒も多く出るようになって料理の品数も増えました。八寸とは、八寸四方の器の寸法からきた言葉で、山の幸、海の幸を出します。こんなおいしい食べ物があるから、酒でも飲みましょうというところですか。量を食べるものではありません。強肴は本来懐石料理になかったものですが、酒をもっと飲む為こんな珍味があるのだから、もっと飲もうと強いることからそう言われています。

こうして二つの献立をみても、二つの間に境界線のような物がありますが、現在はそれがなくなって、料理人の好みで自由に使っています。最近では、八寸と言えば前菜八寸の事のようになっていますし、合肴として洋風のものを入れたり、言葉尻の良さで強い肴と言ったり、口代りと言ったりかなり自由に使われています。以前、確か家庭画報だったと思いますが、京都の正式な茶懐石料理献立というのが出ていましたが、全く崩しがなく、伝統をうかがわせるものでした。しかし、料理は酒と共に発達してきました。楽しまなければ損です。伝統は大切ですが、崩しがあって遊び心が出てきます。ただ、根拠のない創作には反対です。伝統から育まれた流れを、日本料理の発展という事で、流れの軌跡を踏みながら進歩させていきたいものです。



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