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子供の頃は、チーズは大の苦手であった。と言うのは、小学校の三年生の頃に坂口安吾大先生が我が家に寄宿されていて、
「タロー君、旨いものを上げますから、口を開けなさい」
と仰られたので、僕は言われるままに精一杯大きく口を開いた。と、その瞬間、強烈な匂いと塩気が口の中に拡がり、思わず吐き出そうとした。
「馬鹿者。男子たるもの、一度口にしたものを吐き出すとは何ごとか。食べなさい」

後で分かったのだが、フランス産のブルーチーズであった。どんなに高級品のチーズであろうと、ロックウォールを突然口に入れられたら、誰だって仰天するに違いない。生まれて初めて口にしたチーズの印象が、こんな状況での出合いだったので、爾来チーズを見るだけでも鳥肌が立つようになってしまった。

が、結婚してしばらくした頃、チーズ好きの女房殿にニコラスというピザ屋に連れて行かれ、生まれて初めてピザなるものを口にした。ピザの主役がチーズであることに気付かなかった僕は、バクバクと食べてしまった。
「おいしいでしょう。ほら、今食べたのがチーズよ、食べられるじゃない」
女房殿は、満面の笑みで僕を見ていた。

それからというものは、徐々にであるがチーズを口にするようになり、数年後にはブルーチーズの味にも目覚めたのである。しかし、面白いもので、チーズを食べる時には無雑作に口に入れずに、少しずつ吟味するように味わう癖がついたので、かえって味が分るようになってしまった。となると、国産のチーズには旨いものが皆無である、と判断するようになった。とりわけ、ウオッシュタイプのものは、フランスやイタリアといったヨーロッパのものに、国産品は太刀打ち出来ないのである。

Kubota Tamami


この原因は、当初チーズの原料である、牛や羊や山羊のミルクが違うからと思っていた。が、そうではなかった、作り手がチーズの味を知らないのである。日本が育んで来た食生活は急には変えられない。ミルクがあるからといってレシピを見ただけでは、旨いチーズは簡単に産まれない。後何十年か経って、チーズ作りの方々の三世くらいの世代にならないと本来のチーズは出来ぬものと思うようになっていた。

ところがである。ある日北海道の知人が五、六軒の北海道の生産者が作ったチーズを、どかんと段ボールに詰めて送って下さった。チーズフェアーか何かが催され、その製品であったらしい。果たしてその大半は相変わらずの凡品、だがその中にチーズ工房アドナイ産の、タレッジオ・ディ・のぞむというウオッシュタイプのチーズがあった。一口食べて、驚いた。素晴らしく旨く、しっかりとした個性があるではないか。やや黄色みを帯びたトロリとしたチーズは、仄かに熟成した独特の香りがあり、海外ものを問わず久し振りに幸福感を味あわせてくれるよい出来の製品であった。

その後、数回にわたってアドナイのチーズを取り寄せ、すっかりファンとなった。多少の出来不出来はあるものの、本格的な味わいにいたく感動し、ついにはオホーツクの興部にあるチーズ工房を訪ねてしまった。で、いろいろと試食させて頂き、チーズの旨さに改めて感動したことは言う迄もないが、四十代の御夫婦には十人のお子さんが居られると聞き、再びの大感動。しかも、製品のチーズに、のぞむ、いずみ、つばさ、めぐみ、さゆりという女の子の名前が付けられている。いっそ、男の子の名前も冠せ、一家全員でおいしいチーズ作りをして頂き、日本にチーズマフィアを確立して頂きたいと願っている。



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