店主敬白・其ノ弐拾七







最近は、畜肉市場に行っていないし、生産農家にも行っていないので、畜産の現場の事はよくわからないが、皆さんもご存知のように、「紋次郎」とか「北国七の八」等超優秀な種牛が出て、日本中がこのブランド牛の種を買うようになった。偽物まで出る始末である。

そこでちょっと考えたのだが、Aというブランド牛の種をB子という牛がもらってC子を産む。C子も成牛になって、Aの種をもらってD子を産む。D子もAの種をもらってE子を産む。種は冷凍保存されているからかなり長く使える。C子、D子、E子は順番にAの因子を多く持つようになる。これは近親相姦というより、種の圧縮であるのではないか等と想像してしまう。また、同じような事が、野菜等の作物にも起きているのではないか。そうなるとどうなるのか全くわからないが、もし、人間世界でそんな事が起きたら相当気持ち悪い事である。おばあちゃんもお母さんも娘も父親が同じなんて。でも、それによって純血の優良肉牛ができるという利点がある。あまり気にする事でないのだが、ふと考えてしまう。

それでも、最近のグルメブームで、人の食に対する注意力というものが結構いい加減になっているのではと危惧する。市販されている魚の干物を外に出してみると、全くハエが寄り付かない干物もあると言う事をご存知でしょうか。また、最近は輸送が良くなって、生の蛍いかを刺身で出している店があるが、内臓にアニサキスが寄生している事があっても内臓のため目視できない。また、鮭には広節裂頭条虫が寄生している場合があるが最近は生で出している店がある。シラウオの踊り喰いなども横川吸虫がいて危険だという事を、店も客も知らないのである。以前は、昔の人の体験的言い伝えで食さなかったものが、今では無視されている事が多々あるので注意が必要である。

騒がれているBSEの問題でも、この病気は神様が共喰いをさけるためにこしらえたシステムだと思っているが、同じ牛の肉骨粉を人の手で与え共喰いさせてしまったから起きたのではないのだろうか。

人が食す物は人から遠い物程安全と言われている。つまり、肉より川魚、川魚より海魚、海魚より野菜という順序になる。人に近い肉は遠い状態にすれば良い。つまり火を通せば良いという事になる。私が昔、よく畜肉市場に出入りしていた時は、古参の肉屋の主人達は、生肉は食べてはだめだよと言っていた。客に出す場合はマイナス三十度以下に冷凍してから出すようにとも言われた。つまり、冷凍殺菌してから出すようにという事である。

業界誌に、慶応大学医学部教授の坪田一男先生が「アンチエイジング的食の極意」という題で、シリーズで寄稿されているのを読んだ。アンチエイジングとは、「若さを保つ」という意味である。私にはとてもおもしろいなという事が書いてあるのでわかりやすく要約してみる。我々は、あまりにも食べ物を車に対するガソリンのように考えすぎているのではないか、というのである。久しぶりに友達に会って「やあ、ちっとも変わってないね」なんて言うけれど、実は、あなたが会っている人は赤の他人なんですよ。細胞がどんどん入れ替って全く新しい人に会っているのだと言うのである。肉体は流れる川と同じようにどんどん細胞が入れ替っている。その細胞を作っているのが食物であるのだと書いている。

つまり、肉体は食物によってできているのだからガソリンのようにエネルギーとして考えるのは無用心だと、自分を作っている材料として精査し、吟味して食すべきだというような内容の事が書かれていた。なるほどなと思った。私も食物の本質はガソリンのようなものとしてとらえていた。食の楽しみはカロリーの範囲内で大いに楽しむものと考えていたが、よく考えてみれば、先生がおっしゃるように細胞を作っているという事をほぼ忘れていた。

となると、肉、魚、野菜、フルーツ、そしてミネラル等も、ともかくバランスよく食べる事が特に必要ではないだろうか。偏った食事をすれば細胞も偏った内容を持つかもしれない。そしてなによりも、危ないと思われる物は口にしない事である。と言っても神経質になる事は何もない。楽しく食事をしている限り人間の免疫力は相当強いようだ。

ただ、料理が自分の細胞を作ってくれているのだと思いながら食事をすれば、料理に対しての感謝の気持ちが自然に出てくるし、それとなくバランスも良い料理を選ぶようになってくる。すると、食事の時間ももっと充実した時間になるのではないだろうか。


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