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刺身を食べる際、一般的にはわさびを用いるのが普通であろう。最近は、チューブに入れられた天然わさびがどこにでも売られているが、よく注意しないと混ぜものが入っているから御用心。といったって、どのみち長期間の保存に耐えうるよう何らかの添加物が入れられている。やはり、少々高くとも清水で栽培された生のわさびを購入し、サメの皮で作られた下し板で擂るのが何よりである。

ただ、食べる魚の種類によって、下しショウガを用いる方が旨い場合がある。カツオやアジのような青身魚には、間違いなくショウガが合うし、イカ刺しも僕はショウガで味わう。が、北海道に行くと、山わさびというホースラディッシュの仲間が山に生えていて、これもまたツンツンピリピリとして旨い。ちなみに、わさびを漢字で書くと山葵となるから、山わさびは山山葵となってしまう。

面白いもので、もともとわさびのなかった九州は、青唐辛子を刻んで刺身に用いることが多い。しかし昨今は流通の発達で、基本的には生わさびか練りわさびを用いるから、ローカルの良さが希薄になりつつある。おまけに青唐辛子は夏から秋にかけての僅かな期間しかないから、最近は唐辛子を置いてある店も少なくなってしまった。代りに置いてあるのが柚子胡椒である。柚子と青唐辛子を擂り鉢で当り、これを壜とか瓶に漬け込んで醗酵させ、ネットリとしたペースト状にしたものを、わさび代りに刺身などに利用するのだ。柚子の独特の香りと唐辛子の辛味が合体して、小気味よい風味を醸し出す。熊本などに行くと、馬刺しを味わう際には欠かせぬ調味料となっている。

Kubota Tamami


普通ならば胡椒というと、いわゆるペッパーで黒胡椒とか白胡椒と言われているものを指すだろう。ところが九州では、唐辛子が胡椒で、一般的な胡椒は洋胡椒と呼ばれている。恐らく日本に唐辛子が渡って来た際に、英語かオランダ語か定かではないのだが、チリペッパーがペッパーだけになり、それが胡椒と訳されて、後に渡って来た本物の胡椒が、洋胡椒になってしまったものと推測する。

ともあれ、今の九州ではこの柚子胡椒を、刺身だけではなく何にでも用いる。毎朝食べる味噌汁にも、冷や奴にもうどんや蕎麦にも風味付けに使うのだ。ちょっとお洒落な鮨屋さんなどを訪れると、白身魚の握りの上に少しだけ柚子胡椒が伸ばしてあり、独特の香りと風味で味わいを豊かにしてくれる。今では柚子胡椒、JRの駅や空港の売店、道の駅やデパート等極めて当たり前のように売られており、旅行者のよいお土産品となっているが、その味はそれぞれが微妙に異なる。辛すぎたり塩っぱ過ぎたりはたまた甘過ぎたり、保存を第一としているから、味に偏りがあるのは致し方ない話である。

が、博多の鮨屋さんで味わった手作りの柚子胡椒は、唸るほどにおいしかった。柚子の香りと唐辛子の辛さと微妙な甘さのバランスがほどよいのである。作り方をお聞きしたら、いとも簡単に教えて下さったので記しておこう。青柚子の皮二に対し青唐辛子を一。柚子と唐辛子はあらかじめ包丁で細かく刻んだ後、さらにフードプロセッサーにかけ細かくするとよい。この時に、麹を〇・五加える。混ぜ難いので日本酒をべと付かない程度に入れ撹拌する。後は、塩だけだが、やや塩っぱい程度に留めておくと、醗酵という自然の力が甘味を適度に醸し出してくれる。だから、僕は砂糖は使わない。この状態で、壜か瓶などの容器に入れ、一年間くらい冷暗所に寝かして置くと、忘れた頃にかなり旨い柚子胡椒が完成する。買ったものと異なり、何にでも使いたくなる有り難い調味料だ。



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