店主敬白・其ノ四拾参







毎年のことながら、多くのレストランがオープンして話題にあがるし、実際に賑わっている。行ってみるとあまり美味しいとは言えない店も多い。こうした店を良く利用している人に聞いてみると、その点はあっさり認めてしまう。「雰囲気を味わっているのだ」と言う。彼等の行動も、一つの流行かもしれない。

こうした中で和食は静かなブームを起こしていると聞く。しかし、話題を引く為という事で和食の基本がねじ曲がっている事もしばしば見受けられるので、私自身の自覚の為、また皆様の薀蓄として、メモを書いてみた。以下は昔、私が諸先輩から学んだ事等で一般的に言われている事である。

1、「懐石料理か会席料理か」――懐石料理は茶会席で供される料理のみを言うのであって、レストラン等で出される料理は会席料理であっても、懐石料理ではない。

2、「献立の品数は奇数にするもの」――物の数は一より始まる為、奇数は二で始まる偶数より格が上として、三品、五品、九品、十一品と奇数で増やしていくものである。

3、「盛付けの陰陽」――日本料理の盛付けには、必ず「陰」「陽」があります。盛り付けられた料理は後が「陰」で前向きが「陽」であり、客には必ず、前向きに供します。盛付ける品数は奇数を「陽」とし、偶数を「陰」として、なるべく奇数とします。これは対照的に盛付けないという日本独特の発想でアンバランスを美としているゆえんです。陰数を盛る場合例えば、二品を盛付ける場合は、一品に他の一品をたてかける等、やはり、アンバランスな状態に盛付けます。丸は「陽」で四角は「陰」です。四角の皿に四角の料理の盛付けは避けます。「陰」と「陰」になるからです。決まりすぎていて、風情がないのです。丸皿に四角の料理だと「陽」と「陰」になり、落ち着きがでます。この様に、陰陽を使い分けて、日本料理は深みをおびます。

4、「料理屋の料理とは」――料理屋が高級化してくると、一度に料理を客前に出すような事はなくなり、温かいものは温かく、冷たいものは冷たく出すというように、一品ずつ作り、一品を出して食べ終われば次の料理を出すという喰切料理が主流になった。この喰切料理に相対するのが、宴会料理である。

5、会席料理(喰切料理)では、その前に発達した本膳や懐石料理の用語を多用しているので、本来の用語の使用とは違う使い方をしている場合が多い。私もいくつかの用語を混同してしまう事が多い。私の若い頃はあえて茶懐石料理に忠実に用語を使っていた料理人もいたので、そのような混同が起きたのである。例えば、八寸は前菜八寸として料理の最初の方に出しているが、懐石では、一汁三菜で食事が終わって箸洗いという小吸物の後に出される酒の肴として供される料理であった。

6、私どものレストランでは、天削げ八寸という割箸を使用している。箸の元を斜めに切り落としてある箸である。割烹のような料理屋では、元、先、両細の杉柾の利休箸を出す。本来は、白木の箸は水を吸わせてから、しっかり水を切って客に出すのが正式なのだが、濡れた箸を不快に感じる方もいるので、割烹では濡らさないで出している。

7、日本料理では、出し汁、塩、味醂、酒、醤油、酢、砂糖などでほとんどの味つけが出来る。これは、素材中心主義の日本料理ならではのものである。八方出しという出し汁がある。四方八方に使用できるから、そう言うのである。二番出しを温めて追い鰹をして、味醂、薄口醤油で味を整える。出し七または八に対して味醂、薄口醤油が一・一の量であるが、これも料理の素材によって調整が最も重要であり、料理人の上手、下手が出てしまう。

8、味噌は、あまりにも種類が多く、味も違うので旨い味噌探しに料理人は苦労する。また、何種かの味噌を合わせて、より旨い味噌汁を作ったりする。その最たるものは、赤出し味噌で、これは八丁味噌と他の二、三の味噌を合わせたものである。この濃厚な味噌汁は、その味噌の風味を楽しむ単体の汁である。一方、味噌汁は、ご飯と共に食される汁で味噌汁の味によってご飯が美味しく頂けるという脇役である。ちなみに、吸物は酒の相手という事になっている。

最近、マスコミでもグルメという言葉よりセレブという言葉が多くなり、調理というものが軽視されている。また、格安店やラーメン店の取材も多くなり寂しい限りである。しかし、料理は世界どの国においても、それぞれの伝統をもつ偉大な文化そのものである。私達は常に、その伝統と発展のつなぎ役であらねばならない。そう思い、いくつかのメモを書いてみたが、実際の現場では、百科辞典何冊分の教育が毎日繰り返し行われているのである。


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