店主敬白・其ノ参拾参







焼き肉屋へ行くと、焼くのは自分がやりたいと思ってしまう。旨みを逃さないように焼きたい。私が焼く場合は人数分の切身しか網におかない。そして火は強火である。焼き上がりの瞬間は、二、三秒でも延ばしたくない。だから、急いで各人のたれの中か取り皿へ投げこむ。ところが、どこの焼肉屋へ行っても店の人が通りかかると必ず火を弱くしてしまうのには閉口させられる。

焼きものというのは結構難しいのである。基本はなんと言っても強い火である。炎でなく、幅射熱が欲しい。和食で言えば、炭火の遠赤外線の熱である。木炭は、黒炭と白炭がある。黒炭は黒くて表面にひび割れが入っていてもろいので軟炭とも言われる。白炭は表面が白っぽく硬く堅炭とも呼ばれる。黒炭より高温で炭化されたため白くなるのであるが、白炭の方がはるかに火が強く、火もちも良いので和食の調理に使われる。その中でも傑出しているのが備長炭である。姥女樫(うばめがし)という比較的低木の堅い木から作られる炭で、炎が出なくて火力が強く、火もちが良いので料理するには他の炭よりはるかに良い。

食欲をそそる位の焦げ目と、すばやく中まで火を通す事が焼物の極意である。俗に「遠火の強火」という言葉があるが、遠くては困るのである。「表面が焦げてしまわないで中まで火が通る一番近い距離」というのが正しい言い方だと思う。しかし、焦がしてしまったら元も子もない。だから焦げない距離を遠火と感じるかもしれないが、いかに早く火を通すかという視点から考えれば、近火と言う方が理にかなっている。焼きものは、表七分・裏三分という人もいれば、表六分・裏四分という人もいる。中には、表四分・裏八分という人もいるが要するに火の操作の加減が大切である。

まず、表面に焼き色を付ける。この作業は脂肪や旨味が流れ落ちるのをある程度防いでくれるという役目もある。そして火を少し落として中まで火を通す。川魚等のように特有の臭味がある場合等、多少時間をかけて充分焼くこともある。香ばしい焦げ味で臭味を消す為である。逆に切り身等九分迄焼き、後は余熱で仕上げる場合もある。色々の作業はあっても、でき得る限り素早く火を通す事がやはりコツである。そして香ばしい香りと焼き色が出てこなければならない。私共の店では、防火の事を考え炭火の店とそうでない店がある。ガスでも魚焼の器具は遠赤外線で焼ける良い器具があるが、やはり炭火で焼いた物とは私的には大いに違いがある。先ずは焼き上がる時間も違うし、食べた食感も炭火の方はカシッとした感じがして、サクサクとした食感があり中はホコッとして味も濃い。ステーキのように厚い肉を焼いても表面はカシッとして中はジューシーで比べてみると良くわかる。炭火焼に熟達している料理人は炭火の香りも良いもんだと言う。ガスで焼くと絶対しない良い香りがつくのである。

炭火の扱いはけっこう難しいようだ。炭火はガスのように一定でなく、火がおきてから十分位が最も火力が強く、その後は少しずつ火力が減っていくものなので、炭火のひろげ方、積み方、追炭の仕方等、お客さんの入り具合や焼く物等で、しょっちゅう変えていかなければならない。うちわも必要道具である。火の起き具合を加減したり、焼きものの水分や脂肪分が落ちて煙が立ったり、炎が出るのを払いのけたりする。手馴れた料理人が炭を使って焼きものを焼いているのを見るのはけっこう楽しい。串を打ったり、ふり塩したり、あるいは化粧塩をつけたり。炭をさっと並べ替えて焼きに入る。ころあいになると焼き目を見て裏に返す。うちわを使ったり、また炭を組み替えたり、その間にも次々と他の焼物が加わってくる。とてもリズミカルでイナセである。焼き上がると皿に盛付け、すーっと包丁を出して柚子とか酢橘、はじかみ等のあしらい物を切って飾り付けて一丁上りである。こういう職人の姿はあんがい美しいものである。

さて、焼き物の話のついでに私流のあじの干物の焼き方を書いてみましょう。まず、魚焼きコンロでも良いですが、火が弱ければ魚焼の網で焼いて下さい。火は強火です。皮の付いている方から焼いて下さい。絶対にひっくり返さないで下さい。多少焦げてもかまいません。あじの皮は薄いから苦味はあまりありません。骨の無い方の身全体に火が通ったらひっくり返します。七〜八秒位したら出来上がりです。表九分七厘、裏三厘です。干物は特に早く焼く事が秘訣です。おいしいですよ。


Copyright (C) 2002-2006 idea.co. All rights reserved.