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僕の大好物といえば、西瓜。恐らく果物の中では、別格ではなかろうか。昨今は、宮崎産のマンゴーとか沖縄産のマンゴーがもてはやされてはいるが、信じられないほどに高い。何と二個入りで、一万五千円は優に超えるというから、話にならない。ま、マンゴーと西瓜を比較するわけにはいかないが、僕は躊躇なく西瓜を選ぶだろう。もし、マンゴーを食べるならば輸入されている、メキシコ産とか東南アジアのものを選ぶだろう。かつてブラジルで暮らしていた際、マンゴーは木に登って食べていた。完熟して地上に落ちる寸前のものを味わっていたから、宮崎産の完熟マンゴーを出されても何の驚きもない。驚くのは、その常識を超えた価格だけである。

ぼやきはこの辺で止めにして、西瓜に戻ろう。西瓜が何故好きかというと、夏を感じさせてくれるからである。夏のギラギラとした太陽の許で汗を流した後、井戸に吊しておいた西瓜を包丁でバキッと割り、その赤い果肉に顔を沈めて貪り喰らう。最初の一口は、ただただ喉を潤すだけであるが、二口目からは香りやら甘みを享受する余裕が出てくる。アッ、今日の西瓜はよく熟れていて甘いとか、やや青臭い香りがするとか、子供ながらにもそんな評価を下していたものだ。

ただ、最近は井戸に吊して西瓜を冷やすことは、都会に暮らしていては無理な話である。我が家には、昔のままの井戸が残っており、蓋を外して底を覗くと未だに水は見える。恐らく水温も一年を通して十二、三度ではあるまいか。だからといって、わざわざ西瓜だけを吊すのは億劫になってしまったし、ロープや篭もない。冷蔵庫の普及と水道が網羅されてからは、食生活の形態もすっかり変わってしまった。

Kubota Tamami

昨年のことであるが、韓国の通度寺の瑞雲庵という小寺を訪れ、山の斜面を横に掘った風穴のような貯蔵庫で冷やされた西瓜を馳走になった。この西瓜の味こそ、子供の頃に味わった懐かしいおいしさであった。恐らく冷蔵庫で冷やすと、七度か八度になってしまい、西瓜の持つ甘み香りが押さえられてしまうのではあるまいか。庵の風穴は、いつでも十二、三度であるとか。適度の冷たさと湿気が、井戸と同じように西瓜のおいしさを引き出すものと納得した。

後わずかで、福岡に居を移そうと企んでいる。幸い、緩やかではあるが、家を建てるべく土地には斜面がある。ここに横穴を穿ち、天然の冷蔵庫とワインセラーを設けようと思う。水道もあるが、どうやら地下水も豊かなようなので、井戸も誂えようと考えている。横穴の奥からチョロチョロと井戸水を流せば、何とかなるのではないかと思うのは、甘い考えであろうか。

西瓜といえば、三十数年前のことになるが、ボリビアの首都ラパスにて重い高山病になってしまった。熱は四十度近くなるし、脈拍は百五十を超えた。体の節々と頭痛が続き、医者を呼んだら、ドイツ人は克服し、アメリカ人は低地に逃げフランス人は死んだ、と言われた。この時ばかりは死を意識し、死ぬ前に西瓜が食べたいと思い、同行の友人に西瓜を所望したが生憎ラパスは冬。仕方なくロスの友人に頼み、アメリカから空輸して貰った。この時の西瓜の値段は、恐らく十万円を超えたのではなかろうか。宮崎マンゴーの比ではない。が、この西瓜を食べ、僕は蘇生したのだから、決して高いものではなかった。ともあれ、梅雨が明けたら待望の西瓜の季節となる。適度の温度に冷やし、心ゆくまで西瓜の味を満喫したいと願っている。




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