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先日テレビの番組で、スウェーデンの『シュールストレミング』というニシン料理のことを扱っていた。シュールストレミングとは、ニシンを醗酵させて食べる料理で、スウェーデンでは年に一度のお祭りに於いて、街中揃ってこのニシン料理を食べまくるそうである。料理を食べている方々は、ニコニコして大変幸せそうに召し上がって居られるから、相当に旨い料理だと僕は推察する。ところが、醗酵食品の特性で強烈な匂いがするらしい。テレビの番組では、まるで下手物を食べているようなとらえ方をしていた。残念ながらこのシュールストレミング、僕は食べたことがないので何ともコメントし難い。缶詰になっているものは、醗酵によってガスが発生しやや膨らんでいる。この為、缶を開ける際に一気に中のガスが噴出し強烈な匂いをまき散らすので、なるべく屋外にて開けるのが好ましいとされている。

醗酵食品というものは、本当に興味深い。動植物の蛋白質や炭水化物が、醗酵という作用によって新たなるものに変化して、元のものよりさらに旨味を増すというのだから不思議である。身近なところでは、味噌や醤油がその際たるもの。他にも我々の身の回りには、醗酵食品が多々存在している。匂うものをあげるならば、納豆、クサヤ、鮒寿司等々。

西洋のものでは、チーズもその一つ。特に、ウォッシュタイプのものは、かなりの芳香を放つ。この香りが曲者なのである。毎日の暮しの中で、嗅ぎ慣れた香りとそうでないものがある。その、嗅ぎ慣れないものに遭遇すると、人々は極端な拒絶反応を示すもの。それを、心無い人は面白いと思い、番組にしてしまう。

ともあれ、糠味噌や沢庵といった日本の漬け物も、外国の方には相当な匂いと思われている。僕は大好きだが、韓国のキムチも強烈な匂いがするといって、眉をひそめて敬遠なさる方も多い。が、韓国と言えば、全羅南道の木浦(モッポ)という港町に、ホンオ・チム(エイの蒸し料理)とホンオ・フェ(エイの刺身)という強烈ではあるが旨い二つの料理がある。何が強烈かと申すと、当然のことながら匂いである。ホンオというのはエイのことであり、最近はこの料理に用いるエイが韓国では少なくなり、何と日本から輸入しているとか。何というエイの種類だったか忘れたが、黒っぽい結構大きめのものであった。

Kubota Tamami

このエイを、辞書くらいの大きさに切り分け、油紙に生のまま包んで瓶の中で十日くらい寝かせる。この十日の間にエイは醗酵し、旨味を醸し出す。つまり、エイのタンパク質が分解されアミノ酸やイノシン酸などのうま味成分に変化するらしい。ところが、エイやサメの仲間にはもともとアンモニアの成分が多く入っている。蛋白質が変化する際、ややもするとアンモニアや有機酸といった悪臭を放つ物質に変わるので、腐っていると思われるそうである。確かに、木浦名物のエイ料理、食べた直後というか嚥下する際に、かなり強烈なアンモニア臭が喉元から鼻に突き抜ける。しかしである、アミノ酸やイノシン酸が相当働いているのであろう、旨いの一語に尽きる。

味噌と唐辛子をあしらい蒸し上げたエイ料理は、旨味と甘味の固まりのような味わいで、呑み込む瞬間まではうっとりとさせて呉れる。が、その直後にガツンとパンチを喰らったようにアンモニアが襲って来るのだ。この強烈なパンチを避ける為に、マッコリ(タクチュ=濁酒)と呼ばれるどぶろくを呑み込む寸前に流し込む。と、どうだろう、パンチが和らぎ旨さが口中に残り幸せな気分となる。面白いもので、当地にはホンオとタクチュを組み合わせた、ホン・タックという言葉が生れた。このエイの高級料理(馬鹿高い)は、何と結婚式には欠かせぬ目出度い料理であるとか。



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