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ようやく冬が終わり、春たけなわという感じであるが、花粉症の方々はこのうららかな季節が一番の苦手のようである。と申すこの僕も、朝起きた瞬間とか表に出た時にくしゃみの十連発をやるようになった。ま、これは、花粉症ではなく、自律神経失調症であろうと自己診断している。同時に、言いたくはないが、加齢で片付けられる嫌なパターンでもあると思う。

しかし、桜が咲終わると目に映る景色が一変する。今迄、モノトーン一色に近かった世界が、淡い緑と深い緑のグラデーションで身を包み、生き生きとした顔を見せてくれる。この緑をよーく見ると、約半数の植物が食べられるのである。垣根になっているうこぎの芽も、お浸しにしてもおいしいし、炊き込みご飯も抜群だ。なにげに生えている蕗も、ちょっとテラテラとした蕗のお化けのようなツワブキの新芽(といったって産毛だらけだが)が大変においしい。皮を剥いて一晩水にさらしてから、炒めてもよし、醤油で甘辛く
煮付けてもよし、佃煮のようにしっかり煮ても日持ちがして重宝する。

こんな季節に韓国を旅すると、素晴らしい山菜料理を楽しめる。韓国は、日本以上に山菜を尊び、数え切れぬほどのキムチに仕立て上げる。従って、本当においしい韓国料理を食べようと考えるなら、四月の後半から六月にかけての旅をお薦めする。おいしい山菜料理は、大きな寺の門前に行くと必ずありつける。今は円高だから、値段も驚くほど安く食べられるだろう。山菜のフルコースで、日本円の二千円分くらいあればお釣が来るのではなかろうか。韓定食専門の高級料亭に行っても、この季節は結構山菜が出される。実は先日韓国で、シンプルな山菜のチジミを食べたが、唸るほどにおいしかった。

Kubota Tamami
山菜とは違うが、大邱で季節外れのフグ鍋を馳走になったのだが、この時にフグで出汁をとった鍋に溢れんばかりモヤシが投げ込まれた。味付けは、日本の八丁味噌のようなテンジャンとコチュジャンで調えてあったが、大量のモヤシから微妙な味が滲み出てすこぶる旨かった。当初は、野菜はモヤシだけしか入れぬのかと、いささか不満を覚えたのだが大間違い。モヤシのシャキシャキ感と妙なる甘さとフグの味が絡み合って、大変に幸せな気分を味わった。韓国料理というのは、時には大胆な素材の用い方をするが、これがツボにはまった時にはど偉く旨い。が、その鍋の後に茶粥が出て来たが、これは大はずれ。

茶粥と言えば、八十八夜をちょっと過ぎると世の中に新茶が出回る。その新茶を用いた粥が素晴らしく旨い。八十八夜とは、立春から数えて八十八日目。つまり五月の二日頃である、この頃は茶の木が一斉に芽吹き、茶の若葉は妙なる香りを放つ。これを摘み取って、茶を醸すのである。とは言うものの、昨今は殆ど機械で摘み取り、これを蒸らしたり乾燥したりするのも全て機械のようだ。その全工程がコンピューターにインプットされ、機械は人間よりはるかにおいしい茶を作るらしい。人件費のことを考えると、値段に反映するから滅多なことでは文句は言えない。そこで、茶くらい人間の手で作ろうと一念発起をし、茶の木を終の棲家の周りに植えた。今年は木が育っていないのと家が完成していないので実行出来ないが、来年は少量ではあるけれど手製の茶を作りたいと目論んでいる。余談だが、東京近郊でも結構放置された茶の木がある。連休辺りに茶の新芽を摘み取り、これをフライパンを低温で熱して煎る。仄かに茶色になった辺りで火を止める。この茶葉を粥に煮込んで味わうと、ややホロ苦いが香り高い、まことに上品な味わい深い茶粥が楽しめる。


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