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今、我が家の庭では異変が起きている。数年前、妹のふみがどなたかから葡萄の鉢植えを頂いた。彼女にとってみれば、実が熟した後の鉢植えの葡萄は重荷だったのだろう、長い間庭の片隅に放置してあった。冬に蔓だけになった鉢を見つけ、貰い受けて少し大きな鉢に移し替え、庭の中ではかなり陽の当る場所に置いた。当然のことながら、葡萄の蔓が這いやすいように添え木を建てて、ヨーロッパ風の一本立ちにしてみた。二年ばかりは追肥をしたり、剪定をしたりして青い果肉の葡萄を収穫。正直なところ、決して旨い葡萄ではなかったので、昨年は放置してしまっていた。

ところがである、今年の四月に芽が膨らみ始めた葡萄の鉢と再会し、慌てて追肥をしてやろうと鉢を持ち上げようとしたのである。が、鉢は微動だにしない。ポリ製の植木鉢の底を破り、大地にしっかりと根を下ろしているではないか。そこで、今度は鉢の周囲を掘り、油粕と鶏糞の入ったぼかし肥料を施した。剪定はもう手後れなので、伸び切った蔓を横に這わせ竹竿を添えて再び放置。ところが、六月に嵐のような日があり葡萄の添え木が倒れてしまった。久し振りに葡萄に触れてみると、意外や意外そこかしこに葡萄の房があるではないか。未だ小さいものの、手をかけていた頃の数倍の量である。

Kubota Tamami
そして八月、葡萄の房は三十センチ近くはあるのではないだろうか。残暑の強い太陽の日射しを浴びれば、確実に大きなバケツ一杯分はあるだろう。だとすれば、うまくことが運べばワインが出来るかも。旨いまずいは別にして、内緒でワインの密造をやってみようと思う。ま、失敗したとしても、酸味の利いたジュースにはなるだろう。本当にワインが好きで、百姓仕事が好きな方の夢と言えば、洋の東西を問わずワイン作りであるそうだ。あの玉村豊男さんも、小諸の近くに畑を持たれ野菜とワインを作られ、レストランも持たれている。フランスで言えば、小さなシャトーである。僕も三、四回訪れたことがあるが、玉村さんは多くの作物を手にして、実に嬉しそうな顔をされていた。この時ばかりは、プチシャトーのオーナーである、ムッシュ玉村が羨ましく思えたものだ。

ともあれ、数千坪の農地を管理することは、半端な思いつきでは不可能であろう。せいぜい、八十坪程度の畑であればこの僕でも可能な筈だ。しかし、僕が作るのは野菜だけである。葡萄を育ててワインを作るとか、米を育てて完全なる自給自足などは、絶対に無理。米は、新潟県安塚の棚田で育まれ、雪中貯蔵されたものが最高ではないだろうか。僕はそう考え、毎年同じ田のコシヒカリを購入し、巨大な雪室の片隅に保存してもらっている。ワインに関しては、時折出かける海外旅行の際、パリのワイナリーに立ち寄り箱買いをするよう心がけている。パリで三千円のものは、日本では確実に一万を超える。一本百円の税金と運賃を払っても、高級ワインがかなり安く買えるのである。

だが、やっぱりフランスのワインは高い。それに比べると、イタリア、スペイン産のものは比較的リーズナブル。が、ポルトガルのワインを、最近フランスの方が買い漁っているそうである。というのも、ヨーロッパがECになり、EC各国の関税が廃止されたのだとか。となると、安くて旨いポルトガルのワインに陽が当るのは当然。特に、フランスで葡萄の病気が蔓延し絶滅した、トゥーリガナショナールという品種の葡萄を用いたワインが絶大な人気を誇っているとか。今、福岡に建てている終の棲み家には半地下にセラーがある。余生は、新居で海を眺めなら、畑の野菜と磯魚と安ワインで楽しもうと思っている。


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