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東京から福岡の能古の島に居を移して、あっという間に四か月が過ってしまった。心残りは、東京に残した体験農園の畑の野菜達の行く末であった。野菜達を完全に放棄したとは言いたくない、理解ある友人に収穫の喜びを委譲したのが現実。夏の終わりに蒔いたり植えたりした作物の収穫を、泣く泣く友人に分け与えたのであった。あと一か月いや二か月引っ越しを遅らせていれば、白ネギ、キャベツ、カリフラワー、ブロッコリー、白菜、大根、カブ、オータムポエム、ホウレン草、小松菜等々の収穫が出来たのに…。畑を諦めて、残念に思ったことは、練馬をはじめとする、三浦、聖護院、三浦大根、そして白菜を育てあげ、これ等の野菜で漬け物を作ろうと考えていたのが夢に終わったことだろう。当初は福岡から畑に通ってでも収穫しようと考えていたのだが、これは一回通っただけで計画倒れ。

思い起こせば、昨年の正月明けに聖護院大根を用いて、韓国風のカクトゥギに挑戦してみたら、これが大成功で本当に旨かった。韓国の丸い大根と、京都の聖護院大根は本来は異なるものである筈なのだが、不思議なことにかなり近いものが出来た。そこで今度は、聖護院大根で千枚漬けを作ろうと目論んでいた。本来ならば、千枚漬けは聖護院大根ではなく、聖護院カブというカボチャに近い大きさのカブを用いて漬けるものなのだが、大根をもってして千枚漬け風のものであったとしても、旨けりゃよいと僕は思う。とは申せ、肝心の大根がなければ話にはならないのだ。

と、半ば諦めかけていたら、新居の隣にある畑の持ち主が聖護院大根らしきものを抱えて挨拶に見えた。僕より十歳くらい年上の老人だが、背筋がピンと伸びたいかにも農夫という御仁だ。           
「ことしん(今年の)カブは少しこんまかバッテン、味はよかろうや。煮付けにでんして、食べなっせー。カブと大根は、よーけー植えとりますケン、好きなだけ抜いて食べたらよか。遠慮はせんでヨカー」

Kubota Tamami

直径が二十センチ近いカブを、三個も持って来て下さった。こりゃー煮付けより、千枚漬けにしよう。そこで、女房殿が大奮闘。三日後には、浅漬けではあるがバサラ旨い千枚漬けの完成。十日も経つと、昆布のヌルヌルが滴る本格的な漬け物と相成った。いささか複雑ではあるが、簡単に作り方を披露しておこう。
カブを厚さ一、二ミリくらいの薄さに輪切りにする。この時、カブの葉っぱのあった方をまな板にくっけて、根の方から包丁を横にして削いで行く。次に出汁昆布をハサミで細切りにするのだが、昆布は多ければ多いほどおいしくなる。カブ一個に対して、十センチ角の昆布が最低必要だろう。

カブの輪切りが終わったら、下漬けをする。容器の中に薄切りにしたカブを少しずつずらして扇状に並べ、塩をカブの一・五%位を目処にまんべんなく振りかけカブの重さと同じ位の重石をして一昼夜置き、水気を切る。水分が抜けたところで、調味液を準備しよう。酢100cc、酒20cc、味醂20cc、水20cc、砂糖20cc、塩小匙1。これらを合わせてひと煮立ちさせさましておく。今度は、用意をした昆布をカブの間になるべく均等に挟み込み、調味液を注いで最初よりやや軽めの重石をして冷蔵庫の中で寝かせる。
せっかちな方は、朝漬け込んだものを晩飯に食べてよい。但し、底の方から引き出して食べて頂きたい。

てなことで、今年はカブも聖護院大根も絶対に植えるぞ。大根とカブの千枚漬けに、韓国のカクトゥギが加われば、自給自足の醍醐味がたっぷりと味わえるに違いない。


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