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四月の末、春の韓国を訪れた。日本もそうだが、韓国も今年は天候が不順でとうに散っているはずの桜がそこかしこに美しい花を咲かせていた。韓国の桜も染井吉野であり、古都慶州の佇まいを彩るかのように見事な咲振りであった。花見の宴というのは、どうやら日本だけのものではないようである。新羅王朝時代のものであろうか、椀を伏せたような形の古墳が連なり、その周りにあたかも墳を守るかのように桜が植えられている。その桜を愛でながら、張り巡らされた芝生の上にシートを置き、大勢の人達が宴会をしていた。その様は、日本のそれと全く変わらない。変わっているとすれば、料理の一部と言葉くらいのものではなかっただろうか。

桜並木をちょっと離れると、これまた日本と変わらぬ田園風景があり、田の畦道では数人の女性達がしゃがみ込んで懸命に何かを摘んでいる。もしや土筆ではないかと思い近寄ってみると、よもぎの新芽を丁寧に根から掘り起こしていた。何にするのかとたずねてみると、意外なことに日本語が返って来た。
「味噌汁。とっても、おいしい。体あたたまる。くすり、くすり」
どうやら、薬膳のようなものを作るらしい。

翌朝、慶州を後にして韓国の三大仏寺の一つと言われている通度寺を訪れる。通度寺の本院にお参りをした後、性坡さんというお坊さんに面会。性坡さんは、通度寺の管長に当るのだろうか、重責を務められた後に瑞雲庵に居を移された。通度寺というのは、とてつもない広大な土地の中にあり、総面積は九十万坪という。性坡さんの住まわれている庵もかなりの広さで、果樹や薬草の畑があり現在八万巻の経(海印寺にある版木を陶板に写したもの)を納める為に総漆塗りの寺を建てられている。僕の目的は、この漆寺の出来映えを見に来たのである。

Kubota Tamami
漆というものは不思議なもので、新しいものを古くも見せるし、古いものを新しくも見せる。建造中の寺院は、白木に漆を施しただけなのにもう何十年も前からその地にあるように見えるから面白い。ともあれ、昼食の時間となり食堂へ案内される。瑞雲庵には相当数の方々が働いて居られるから、その賄いもかなりの規模。食堂では、二十人を超える方々がおいしそうに山菜を主にした食事をとられていた。また食堂の片隅には大量の食材が置かれており、数人のおばちゃんが夕食の準備をされていた。その中に、よもぎの山があり根の掃除をされていた。どうやって食べるものか聞いてみると、大鍋を指さされた。見てみると、よもぎらしきものがしっかりと煮込んである味噌汁ではないか。慶州で聞いたそれに相違ない。

我々が食卓に着くと、性坡さんの手製の椀に味噌汁が注がれている。椀に顔を近付けると、よもぎ独特の香りが漂って来る。やや薄目の汁であったが、沖縄のふうちばじゅうしー(よもぎの炊き込みご飯)と同じ香りで、意外に甘さを覚える。禅宗の寺であるから、出汁には一切動物性の蛋白質は用いない。恐らくテンジャン(韓国の大豆味噌)と海苔とよもぎだけで、他の調味料は砂糖か味醂くらいではなかろうか。しかし、何故か心が洗われるようなような爽やかな味で、薬効は精神状態を安定させる作用があるように思える。それでいて、味わいは懐かしいお袋、いや祖母のような味わいだ。この汁、日本へ帰って早速再現してみた。我が家は禅寺ではないので、煮干しを使わせて頂いた。やや煮込み方が足りぬようであったものの、瑞雲庵のものとそう変わらない出来映え。家族中が、感心することしきり。

が、二度目が大失敗。今度は欲をかいてかなり伸びたよもぎの新芽を用いたところ、いくら煮込んでもよもぎの食感がスポンジのよう。考えてみたら、よもぎは乾燥させて灸にするのだ。草餅やよもぎ汁は、若芽に限るようである。


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