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離島に新居を構え、早八か月。ようやくにして家庭菜園も軌道に乗り始めた。畑に関して一番混乱したのが、季節感。やはり、東京と福岡では季節にもずれがある。多少南に位置するのだから、暖かい筈と思い込んでしまったのも間違いの一つ。確かに体感では暖かいような気がするのだが、どうもそれだけのことでは割り切れない自然の法則らしきものがあるらしい。例えば、東京に於いては染井吉野が開花して、花が終わる頃に山桜が咲き始める。ところがこちらでは、山桜が最初に咲いてその後に染井吉野が咲き出すのである。

季節感というものは、数年を経過すれば何とか体が覚え込んでくれるだろう。但し、今となっては与えられた持ち時間との駆け引きになってしまうが…。もう一つ困ったことは、当然のことながら土が違うことである。練馬の畑の土は黒い土で、握りしめると何となく固まる感じであった。ところが、我が能古の土はグレイにややレンガ色を混ぜた感じで、かなりの粘土質である。それに砂が混じった状態で、かなり固い感じがする。元々は稲を作っていた田の跡地だから、粘土質であることは覚悟していたのだが、雨が降った後は一面が泥でぬかる状態になり、乾燥するとぬかっていた土がカチカチに固まるから手におえない。これから先、腐葉土のような有機質を大量に施し、少しずつ土壌を改良して扱い易い畑にすることが残された時間の課題である。

Kubota Tamami
しかし、新しい土の為せる技だろうか、トマトや茄子の類いの成長はすこぶるよろしい。幹ががっちりと太くなり、枝葉の状態も素人目にも逞しく見え実つきも素晴らしくよい。これは内緒の話だが、イタリアから門外不出になっている、サンマルツァーノという品種のトマトをご存知だろうか。パスタなどに用いる調理用のトマトだが、熱を加えると驚くほど旨味を増す。これで、イタリア料理は旨くなるのだ、と言って居られる方もいるほど。この種のトマト、日本の土壌には合わないとされ、何人かの方が栽培に挑戦したがことごとく失敗したと聞き及んでいる。が、我がダン農園では、モリモリと育ち実の付きもよろしいようだ。この結果は、あと数週で判るだろうから、本格的なイタリア料理が楽しみだ。

ところが、野菜はほぼ自給自足が可能で、魚も周りが海だから新鮮な素材を何とか手に入れることが可能だ。が、イタリアンにしろフランス風にしても味の決め手となるチーズがない。パルメジャーノもゴルゴンゾーラ等も、島では絶対に手に入らない。例え、天神のような繁華街に足を伸しても、意に適うチーズは見い出すことが難しい。こればかりは、東京へ行ったついでに買い求め運ぶしかないようだ。いやいや、最近は流通が発達して来たから、電話なりファックスにて注文が可能になった。但し、我が家は離島にあるから、品物が送られて来ても船着き場に荷物を取りに行かねばならない。とは申せ、フェリー乗り場迄は徒歩五分、何のことはない。問題は、今迄はチーズと相対しながら店員さんに商品名を聞きながらチーズを買っていた。という次第で、情けないことにチーズの名前を殆ど記憶していなかった。だから、あのウオッシュタイプのあれが欲しいと思っても、どうにもならない話となる。

そんな折に『旬をおいしく楽しむチーズの辞典』という素晴らしい本が友人から送られてきた。著者は『フェルミエ』の本間るみ子さん。この本があれば、離島の暮らしも苦にならない。本を開き写真でチーズを確認し、電話で注文をすればよいだけだ。因みに、僕が大好きだったチーズの名前が分かった。『エポワス』というフランスのコート・ドール産のやや風味の強い奴だ。

てなことで、手作りの野菜と新鮮な魚に思い通りチーズが加わり、我が家の食生活は東京時代以上のものとなりつつある。後は、好みの酒を携えた友人を待つだけなのである。


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